2012-02

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雑感

   
 久しぶりというより「ちょっとぶり」の感じで顔を出した居酒屋ではメニューが一新されていた。注文した品のうちには、最近話題の塩麹(しおこうじ)で下ごしらえしたものや、粒マスタードが添えられたものなどがあった。味わいながらも雑念が浮かんだ・・・。   
   
 塩麹といえば、京都には「塩小路通(しおこうじどおり)」と呼ばれる道路があるよなあ、とか・・・この種の雑念が、場合によってはダジャレを思いつく源になるのだろう。   
 マスタード・辛子の類はどの地に起源があるのだろう、そして、世界への浸透・普及の歴史を見たとき、たとえばイスラム圏の地域・国々・人々の関与の度合いはどうなのだろう、などと思ったりもした・・・いや、マスタードの歴史は知らないし、改めて調べることもせず、飲みながらふと思っただけ・・・しかし、やがて開催地が決まることになる2020年オリンピックについては、「再びの東京五輪」よりも、イスラム圏初となるイスタンブールでの五輪のほうが、何だか面白そうだなあと、筆者には思えてしまうのであった・・・競技そのものより、トルコに関連するいろいろな情報・文化に触れる機会が増えるであろう点にちょっと期待してしまう。   
   
 トルコ/オスマン・トルコ(の軍楽隊)といえば、音楽家たちに刺激やヒントをもたらした。モーツァルトのあのピアノ・ソナタ、ヴァイオリン協奏曲、オペラ「後宮からの逃走/誘拐」、ベートーヴェンの第九など・・・。異文化、目新しい文化への接触は、いつの時代にも刺激をもたらしてくれるのではあるまいか。   
 トルコでの五輪開催が、政治・宗教の面で「世界的融和」につながるか、それとも何らかの副作用・反作用が生まれるか等の問題は、ここでは触れないことにしたい。   
   
   
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 私的な用事で徹夜に近いことになって、「ああ、ようやく寝ることが出来るな」と思ったとき、前日の昼間に受け取った書類が目に映った。それもまた、いわば「私的な方面の書類」なのだが・・・。   
   
 「いま、MNPにて転入のうえスマホを購入/契約していただくと、これほどにお得です」との勧誘があったのはしばらく前のことであるが、それに対して「うーん、興味ないなあ」と返事をした。しかし、つい先日のこと、数字を詳細に並べて再提案された。電話業界は異様なほど凄いことになっているなあ(ユーザーにとってはありがたいことではあるが)。   
   
 「このプランだと結局のところ毎月いくら支払うことになるのか?」、「スマホでのネット利用などはほとんどしないだろうけど、スマホやアプリによる自動通信はどのくらい抑止可能か? そのための設定変更などは俺なんかでも可能か? PCのパーソナル・ファイアウォールのように接続検出と抑止が出来るアプリはあるのか? 結果として自動通信の量はどの程度になるのか?」、「 Wi-Fi 環境での使用しか考えられないと言い張って小さなプランを選ぶとどういう料金体系と支払いになるのか?」など疑問点を整理し、向こうと話しあった。   
   
 「ケータイでもスマホでも、ネット利用にはあまり興味が無いのですか? ブログへの写真アップや投稿も楽しくなりますよ」と言われたが、「ブログ? そんなもん、やってないよ」と答えた。(それに、画像のアップロードは、 EXIF 情報をはじめとして余計なものを削除してからにしたいではないか。)   
   
 こちらとしてはまた、「キャッシュバックがされる理由・原資のことは承知しているが、それを受け取る前に代理店をやっているアンタのところが潰れたらどうなるん?」との疑問も浮かんだが、この質問はさすがにぶつけられないわなあ(笑)。   
   
 しかし・・・自分にとってスマホは必要なのだろうか。ディスプレイがああであるし、持ち運びはガサツであってはよろしくなかろうなと思える、そんなシロモノとばかり思えて仕方なく・・・。   
   
   
   
 下のは土曜・日曜に耳を傾けた音楽・・・聴き慣れたものと、そうでもないものと。   
   


雑記

   
 「今夜あたりはあれを聴いてもよいかな」と思い浮かべるCDなどありながらも、ついつい外で飲んでしまうのは何故なのか・・・音楽鑑賞と代替可能な、「気持ちの入れ替え作業」「心のリフレッシング作用」の性格を帯びた時間を得るためであろうか。   
   
 選ぶべき居酒屋は、個人経営のところで、なおかつ規模は小さめがよいと思っている。主な理由としては、それぞれの店が持つ「固有の雰囲気」が楽しみだからである。しかしまた、こんな理由もある・・・「メニューにある“月見とろろ”だけど、玉子ナシでいただきたい」などという注文が気兼ねなく出来たりするし。チェーン店ではこの種のイレギュラーな注文をフロアスタッフが厨房に伝えるには余計な手間が生じるであろうし、店によってはこちらの注文を元気いっぱい大声で復唱したりしそうだから「黙ってメニュー表にあるとおりに注文しておこう」ということになってしまい、そして、たまに不本意な思いをすることも起こる(「ああ、カツオたたきにはドレッシングをかけないでくれと言うべきだったな」とか)。   
   
 以前にはごくたまにしか行かなかった或る居酒屋に、最近はよく行くようになった。どうも筆者の周囲には長い距離を歩きたがらない人が多いのだが、やはりそのような相手と飲みに出るのにその居酒屋をまた選んで以来、ひとりで飲みに行くにもその店に向かうことが多くなってしまった。何となく「くたびれた客」がほどほどいるのも、こちらを不思議に落ち着かせる(笑)。   
   
 居酒屋で何を喋るのか。硬軟とりまぜ、ありとあらゆることだなあ。たとえば・・・。   
 つい先日の話題は「デンスケ賭博とは何か」、「アブラハムとイサク」、「かつての、某飲料メーカー社長による“クマソ”発言と、文化を手にし誇ることとの間に、我々は如何なる問題点を見てとることが出来るか」など。(あの発言を相手がまったく知らないと言ったから驚いたが、なるほど歳月の経つのは早いもので、若い人が知らないのは当然なのだなあ。)   
   
 そんな話をしているうち、隣のテーブルにいた主婦グループとも話が始まって、「どうすれば旦那がきちんとゴミの分別をするようになるか」という話題になった。   
 どうもなあ、環境・ゴミ・リサイクル問題について女性と話すときにはこちらは構えてしまう。以前、職場のママさん社員から「(昼食で)蕎麦屋さんに行くのならマイ箸を持参すればよいのに」と諭されたことがあるし。また、最近ではやはり或る女性から「(あの津波の)被災地では空き缶やペットボトルなどのゴミの分別もきちんと出来ていないのではないか」と、憂慮を超えて非難と感じられる言葉を聞かされたし(ゴミに含まれるうる放射性物質を考えての話ではなかった)・・・あのような事態があった後のゴミ分別の問題については「そんなこと、対応不可能なケースも多かろうし、しょうがないじゃん。以上、おわり」というのが筆者の感覚なのだが、世の中にはそのようにやすやすと妥協・許容しかねる人たちもいるようで・・・。   
   
 で、被災地ではない地における、そして職場でなく私生活・家庭生活でのゴミ分別の問題であるが、男である筆者にとって分別はちっとも苦ではないのだけどなあ。そりゃ、いろんなゴミがごちゃまぜになっているのを「さあ、これを分別せよ」というのであれば憂鬱だろうけど、「どういうゴミはどのゴミ箱に捨てる」等のルールを覚えて日常実行することはちっとも苦でない。   
   
 「ちゃんとゴミ分別ルールを承知しているか」と問われてそれを答えると感心されたが、しかし、そこで話は終わらないものだ・・・いや、終わらせないのだ。   
 複数の土地に暮らしたことのない人は「自分が生まれ住んだ土地のゴミ分別ルール」が日本共通のルールであり、絶対のものだと確信している。しかし・・・。   
 A地では「可燃ゴミ」と「不燃ゴミ」という区分がある。より適当に言うならば「燃やしてさしつかえないゴミ」と「燃え残りカスに問題があったり、燃やすのが適当でないゴミ」ということになろうか(「燃やしてさしつかえない」かどうかの基準には先入観・誤解も交じっていたりするが)。その地ではたとえばアルミホイルやラップ、ストロー、歯ブラシ、プラスチック洗面器などなどは「不燃ゴミ」として出すことになっている。そういう分別をする土地がありながら、他方でB地にあっては以上のようなゴミはどれも「可燃ゴミ」で出してよいことになっている・・・生ゴミなどなどと一緒くたでよいという便利さ!   
   
 「“不燃ゴミ”という区分は初めて聞くし、分かりにくい」と主婦のひとりは言った。しかし、実は便利なのだ。たとえば缶詰の空き缶などは、油っぽくても洗浄をして(溶解リサイクルされるであろうところの)資源ゴミとせよというのがA地のルールなのだが、それを面倒と感じる場合は洗いもせずに新聞紙か広告チラシに包んでそのゴミが何であるかが袋の外からは分からないようにし、「不燃ゴミ」に紛れ込ませてしまうという便利ワザがまかりとおる(また、「不燃ゴミ」中に紙など若干の「可燃ゴミ」が混入しても何も言われずゴミ収集される)。さらに、パソコンでもノート型のものだと、分解し、ディスプレイや外装、基盤などを何度かに分けて「不燃ゴミ」に混ぜて捨てるという人もいる(こうすると、1回1回のゴミは、もはやパソコンでなく「パソコン部品」と見なすのが自然でもある。なお、誓って言うが、筆者はパソコンをそのようにして捨てたことはない)。   
 また、ウィスキーやワインなどの空き瓶を色分けしてまでゴミ出しさせる地がある一方、色分けまでは求めない地もある。   
 さあ、そんな話をしたあと、次のように話したら主婦のひとりが呆れた顔をした・・・。   
   
 「スーパーなどで肉や魚を買うと付いてくるトレー・・・あれ、汚れがひどいものを除いては水洗いして資源ゴミみたくリサイクルに回すことになってるでしょ? わりときれいなトレーも、汚れのひどいものに重ねて汚すとか、全部にマヨネーズを付けてしまうとかすれば、もうどれもこれも全部リサイクルせずに捨てられる。それが楽だと思うんだよね」   
   
 「だから男の人はゴミの分別がダメなのよ」との言葉をいただいた・・・当然だ、しかし、こういうのもまた居酒屋での会話というものではあるまいか。   
   

雑記



   
 「 宇 野 功 芳 編集長の本」というタイトルだったかな、いろいろな方々がブルーノ・ワルターについて文章をしたためているものを本屋で見つけ、パラパラッと目を通した。メトにおける「ドン・ジョヴァンニ」の録音について書かれたものがあって、アレクサンダー・キプニスの様子に違和感があるという意味合いのことが書かれていた(具体的な文面は記憶に残っていないが)。   
 セルにもまたメトでの「ドン・ジョヴァンニ」の録音が残っており、「レポレッロ役はたぶんキプニスであろう、改めて聴きなおしてみるか」と思ったのだが、いや、こちらではキプニスは登場していないのだなあ。   
   
 CD鑑賞はやめて、DVD(ムーティ/スカラ座)で途中まで鑑賞。   
   

雑記



   
 ベイヌム/コンセルトヘボウ管によるマーラー/交響曲第7番のCDがリリースされるという情報を目にした:   
   
  http://www.hmv.co.jp/news/article/1202130030/   
   
   
 「ベイヌム指揮の第7番は初登場ではあるまいに」と思って、CDを探し出したうえ上の画像のように写し入れたのであったが・・・ありゃりゃ、チェックし直したらこれはハイティンク/コンセルトヘボウ管による第7番であった。   
 ただ、コンセルトヘボウ・アンソロジーの1950年代ライヴのセットのほうにはベイヌム指揮による第3番が収録されている・・・その限りにおいては上記WEBページの記述には正確でない部分がある。   
   
 さて、コンセルトヘボウについても言えることだが、世には「ロイヤル」(フランス語では「ロワイヤル」)という語を伴うケースがいろいろある。例えば・・・。   
   
 ウィスキー:「ロイヤル・ロッホナガー」、「ロイヤル・ハウスホールド」、「ロイヤルサルート」   
 カクテル:「キール・ロワイヤル」   
 その他:「ロイヤル・フィル」、「ロイヤルドルトン」、「ロイヤルコペンハーゲン」・・・。   
   
 いろいろの「いわれ」や「経緯」があったりする。しかし、また、必ずしも王・王位・王室と関連が無くても、それなり以上の風格・威厳そのほかを帯びるものについて「ロイヤル」と形容することもしばしばある。(だけど、ファミレスの「ロ イ ヤ ル ホ ス ト 」というのは、これを無理に日本語訳するなら、どのような訳語がしっくり来るだろうかと、たまに思う。)   
   
 写真右のは目にしたばかりのビールでサントリーの「ザ・ロイヤル・ビター」。うむ、なかなかに魅力的で良いあんばいの苦味、そして喉越し。350ミリ缶で買ったが、「500ミリ缶を買えばよかった」と思った。限定醸造であるから、筆者は近日中に買いだめするであろう(笑)。   
   

青鬼よし! ・・・ にほふがごとく いま盛りなり



   
 最近飲んだ缶入りの商品から・・・。   
   
 左のはカクテル。原材料はウォッカ、梅酒、リンゴ果汁、梅果汁ほか。ふだんあまり梅酒を口にしないため、筆者にとっては風味上の新鮮さを感じ(また、梅とリンゴのコンビネーションというのも良いものだなあ)、そして美味と思えた。   
 缶に描かれたイラストからは通例どおり氷を入れたグラスに注ぐことが提案されているかに思えるが、うーん、氷が溶けないうちに飲みきるつもりでないなら、氷は入れないほうがよさそうに思える、そんな(味の)濃度ではないかなあ。   
   
 真ん中のは、日本の有名な地ビールで「インドの青鬼」。インディア・ペール・エール(IPA)と呼ばれるタイプのもので、苦味やホップの香りは強く、また、アルコール度数も7パーセントある。相変わらず美味い。(ビールの苦味が嫌いという人や、また、こういうタイプのビールを未経験の方にとっては極端な場合「うっ、苦っ・・・健胃薬か?」みたく感じられる味わいかも知れないが、慣れてしまうととても魅力的なものとなって来る。)   
   
 右のはビール。どんな味であったか記憶に残っていない・・・申し訳ない。   
   

雑記



   
 カナダのウィスキーで「カナディアンクラブ」という銘柄は日本でもよく知られていると思う。上の写真の右側のはそれのシリーズのうち「カナディアンクラブ クラシック12年」というもの。スコッチや日本のウィスキーに比べると「12年でも、何か物足りない」と思えてしまわぬでもないけど、ま、飲み口が軽めであることから誰にでも飲みやすいとは言えるのではないか。(この品、筆者が利用する店ではとんと目にしなくなってしまったが・・・。)   
   
 下の写真の左側のもやはり「カナディアンクラブ」で、おそらくこちらの品/ラベルのほうが多くの人の目に触れていると思う。6年ものということになるようだ。ライトな味わいで、人によっては「酒を味わう有難みに不足感が・・・」といった感想を抱くやも知れないが、ま、それぞれの酒の個性なわけで。   
 アルコール感が少し気になるかなと思えるときがあるが、それが苦手である場合にはストレートでなくウィスキーと同量程度の水を加えると気にならなくなり、また勿論のこと随分と飲みやすくもなる。「ウィスキーといえば、これの水割りが一番いいよ」と思っている人も、人口比/パーセンテージではどうか知らないが、絶対数では相当いるのではないかと想像する・・・どうかな。   
 冬場、ウィスキーをお湯割りにするのは「立ちのぼる香り」に魅力を覚えることもあれば、逆にそれが鬱陶しいこともある。「カナディアンクラブ」のこの白いラベルのは、少な目の、ぬる目の湯で割ったときも飲みやすいと、筆者は感じる。   
   
 右に写っている缶ビールはドイツの「ビットブルガー」という銘柄。普通に美味いと思える。   
   


修身、斉家、治国、平天下・・・就寝、零下、遅刻、氷点下



   
 明日は立春である。しかし、当然ながら、「春眠暁を覚えず」などという気候にはほど遠い。   
   
 さて、タイトル後半の意味は:   
   
 「眠りについたところが何だか寒いな。そりゃ外はもう零下の気温だろうし。朝に目覚め、寒いので布団のなかでグズグズしているうちについまた眠りに落ちてしまい、ふと気がつけばこれでは完全に遅刻だぜ。外に飛び出すと、うぉー、これがまた寒い・・・氷点下の空気はやっぱこたえるなあ」   
   
   
 上の写真は「ワイルドターキー8年」。最近、ラベル・デザインがこのように変わった。   
 幾つかの理由から、スコッチに比べてケンタッキー・バーボンは熟成が速く進むと言われているが、この「8年」でも、いわば「円熟」に近いものを十分に楽しめる。魅力の中心は、独特の甘み、焦げ臭さ(樽のチャー処理のあんばいの結果なのか)を伴うような苦味などなど・・・織りなす風味は「複雑」とまでは言えないと思うが、特にこの苦味があるからこそ飽きずにクイクイ飲んでしまう(度数は50.5%であるが、いつものようにストレートで)。   
   
 バーボンを中心としてアメリカのウィスキーの風味を頭のなかで整理する場合、人はおそらく、原材料に関してはトウモロコシ、大麦(麦芽)、ライ麦、小麦のどれが使われ、どれが使われていないかを押さえることから始めるのではなかろうか(いや、酒関係のプロの方からは「そりゃ見当違いだよ」と叱られるかも知れないが)。   
 コーン・ウィスキー、ライ・ウィスキーが持つ特性・個性を把握しつつ、バーボンのそれぞれの銘柄・製品の風味の違いをまずは原材料配合比率の差異に関連づけると一層楽しめる・・・と思っている。   
   
 気に入っているバーボンとして「オールド・ウェラー」や「エライジャ・クレイグ」を挙げたことがあるが(なお、 ジ ム ・ マ ー レ イ 著の「ウィスキー・バイブル」では「オールド・ウェラー」で探しても見つからない・・・「ウェラー・アンティーク」の度数53.5%というのがこれに該当するものと思う)、ほかに、下のは「オールド・グランダッド」の銘柄のうちのひとつ・・・最近これを買っていないが、もしかするとラベル・デザインが改まっているかも知れない。   
   


雑記



   
 写真左のは紅茶の缶。   
 缶やビンをコレクションする人がいるのは承知しているが、先日のこと、そういう客の目にとまり、あとでわざわざ電話してきて「あれが欲しい」と言ったそうだ・・・ゆえにもうすぐお別れしていくことになる。けど、そんなに貴重な缶であるとは思えぬし、コレクターの考えることは分からない・・・ま、世の中にはポリ塩化ビニルやポリカーボネートで出来た円盤を集めては喜んでいる人間もいて、傍目にはそれらの品がガラクタと映るかも知れないが(笑)。   
 日本における紅茶の認知・普及には大いに貢献したであろう某Tブランドの限定商品の缶らしいが、これを飲んだのはずいぶんと前の筈であり、また、美味かったかどうか覚えていない。   
   
 紅茶は、茶葉専門店で売られているのものと、便利なティーバッグと、両方を使っている。どちらも、湿気を防ぐため袋や紙箱から缶へと移すことになる。缶は、フランスの某F、イギリスの某デパート、そのほかのものなどを使うと来客などの手前ではカッコいいだろうけど、真ん中に丸い蓋が付いているものだと蓋を開けるときにちょっとばかり手間だったりすることがある(男の力で蓋を押し込むと、次回に女性が開けようとするときにはスプーンか何かを使ってこじ開けねばならなかったり)。日本茶の茶筒が便利ではあるが、しかし、紅茶にはしっくり来ないものが・・・。というわけで、写真のこの缶のように、蓋をパカッと開け閉めしやすいタイプの紅茶缶が便利だ。   
   
 紅茶といえばカティ・サーク・・・昔の帆船の名前であるが、説明は省略。   
 そして、写真右のは、これまた「カティ・サーク」という銘柄の、スコッチのブレンデッド・ウィスキー。一番下のランクの品である。   
 日本でも以前から有名である。ずっと若かった昭和50年代後半頃、友人の暮らすアパートの部屋で、カティ・サークで酒盛りしたことがある。そのとき或る一人がこれを「安酒(やすざけ)」と評した。その記憶が今なお消えない。   
 確かに高くはない。では、「安かろう、不味かろう」なのかというと、そうではない。きれいな酒質というのか、柑橘類のような香りを含みつつ穏やかで透明感ある風味が魅力。「グレンロセス」というモルトなどが用いられたウィスキーであり、この点、或る程度「なるほど」と思える・・・「グレンロセス」が全体の何パーセントを占めるのか知る由もないが。和食との相性もそれほどには悪くないと思う。   
   
 下のは、「グレンロセス」の、特徴的な形したボトル。   
   





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