2012-01

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故ベルグルンド氏のご冥福をお祈りします


   
 ヨーロッパ室内管とのシベリウスのシンフォニーの録音を聴き返したいのであるが、最近はどうも音楽鑑賞へと向かえない。   
   
 (下の画像は過去のものの使いまわしであるため、ほかのディスクも写っているが・・・)   
   


雑記


   
 老親の食事(主に夕食)をうちで調理して持っていく、または、老親宅にて調理するということがしばしばなのだが、前者のパターンの場合には、こちらの夕食と一緒に(同時に)調理できてしまうというメリットがある。これは喜ばしいのか?   
   
 老親が好み、そして欲する食事が、筆者の好みと大いに違うというのが、自分にとっては小さくない問題だ。   
 自分としては、肉や、油っ気の多い料理は多少の例外を除いてできるだけ控えたい・遠慮したいと、いつも思っている。向こうは逆にそういうものを好む。そのような両親のリクエストに沿って一緒に作ったと思える食事が夕食に並ぶと、ろくに手をつけずに外へ飲みに出掛けてしまうのがここ何年もの習慣・・・。   
   
 筆者がまだ子供だった頃は、出された食事は文句も言わずにすべて食べた。そのうち、大学生になると、外で夕食を済ませてしまうようになった(もちろんサカナ系のものなど。また、アルバイトは夜が主であったから、そこで寿司など御馳走してくれることがよくあった)。会社勤めするようになったら、ほとんど外で食べるようになってしまった・・・「飲み」と一緒に済ませる感じで。   
 家で両親とともに食事をするとき、こんな「やりとり」が幾度もあった・・・。   
   
 自分「あ、ハンバーグは要らない。こっちの煮物や豆腐だけでいい」   
 母「どうして? せっかく作ったのに。それだけでは栄養が足りないでしょ」   
 自分「ハンバーグは食べないことにしていると、もう何度も言ったでしょ」   
 母「おいしいから」   
 自分「おいしい・おいしくないの問題ではないから。肉と油の料理であって、食べないことにしていると言ったでしょ。用件は一度のやりとりで済まなくては時間のロスになって仕方ない」   
   
 酷な言い方であったと、反省もしている。   
 あるいはまた別のとき(日曜の遅い朝食)・・・。   
   
 母「今朝はお昼を兼ねてサンドイッチを作ったから」   
 自分「パンは給食で十分すぎるほど食べさせられてきたから、食べない。パンは作るときにバターも入っているだろうし、サンドイッチを作るときにどうせバターを塗ってるでしょ? ともかくパンは要らない。これは前にも言った。ご飯は残っていないの?」   
 母「無い」   
 自分「じゃ、いいや。あとで出掛けるから外で食事する」   
 母「サンドイッチ、食べないの?」   
 自分「日本人にはパンは必要ない。和食でもない」   
   
 ・・・ま、こんな感じ。   
   
 ハンバーグだろうがオムレツ、トンカツ、カレー、ギョーザだろうが手をつけず、かくて母は翌日の昼食に前夜の夕食と同じものを食べるハメになり・・・。   
 しかし、そのうちには母も、筆者が家で食事する日には「ああ、サカナの場合は楽でいい。刺身は(サクを)切るだけでいいし、焼いたり煮たりするのでも楽だし・・・」と言い出すようになった。さらには、いつの夕食であれ、ハンバーグなどなどをはじめ、天ぷら、フライ、コロッケなども作らなくなった(また、たとえサカナであっても、フライは筆者が食べないので作らなくなった)。   
 父は「あっさりメニュー」には満足できす、次第に不満がつのったように見え、ついには自分でスーパーの「そう菜」売り場などへ出向いて買い物するようにまでなった。   
   
 そのような経緯による、「満たされなかった食欲」の充足のためにであろうか、いまの両親は肉や、油っこいものを食べたがる。高齢であってもそれなりに蛋白質・脂肪の摂取は必要と思うが、はて、好ましい食事内容と言えるのかどうか。健康そのほかの問題は個人差も大きかろうから何とも断ぜられないが・・・。   
   
 両親と一緒に食事するのも、そのメニューゆえに気が進まぬことが多い。   
 下の写真は或る晩の「ひとり夕食」から・・・豆腐、漬けものなどとともに、焼きサバの寿司(小浜市の会社のこの商品、いろんなところで売られているよなあ)。   
 いまの季節にはサバも美味いわけであるが、原材料表示を見るとノルウェイ産のサバである。しかし、外食産業などでこれはちっとも珍しくないと思うし、味は十分に美味しいと思っている。獣脂と異なりサカナの油は自分にはまったく抵抗ないのであるが、このサバの油の乗りは控えめであって、それも好ましいと感じた。   
   


雑記



   
  マリア・カラスに   
  アントン・カラス   
  今宵 聞くのは   
  老いガラス   
   
 ・・・都都逸(どどいつ)ではないのだが。   
 上の「聞く」は、「酒を聞く」「香りを聞く」などと言う場合の「聞く」。   
 写真のはバーボン・ウィスキーで "Old Crow" という銘柄。ふつうに親しめるバーボンと思えた。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 デアゴスティーニのオペラDVDのシリーズで「サロメ」(ドホナーニ指揮ほか)が出たはずなので本屋さんに寄ったのだが、ちょっと遅れをとってしまったようで、そこでは売り切れになっていた。   
 考えてみるに・・・オペラ作品の中でも例えば「サロメ」などは、音楽ファン以外にも、文学や演劇の関係から興味を寄せて「このオペラ、観てみようか」と思い立つ人もわりといるかなあ。   
   
 下の画像は、筆者手持ちのシノーポリ指揮ほかによるDVD。そこそこ以上に気に入っているのだけど、ドホナーニのもやはり鑑賞したく思う。   
   
 「サロメ」に登場するナラボート( Narraboth )についてだが、この名前で「ららぽーと」(船橋とか横浜とか)を連想してしまうのは自分だけか。   
   


雑記



   
 きれいに撮れていないのだが、写真上段の寿司ネタはホタテである。いまの季節には(冷凍ものであるやも知れずとも)食べたくなるネタのひとつである。写真下段のネタについては説明するまでもない。   
   
   
   
 さて・・・。   
 もしも、上段と下段のうちの片方だけしか食べてはいけないと言われたら、あなたはどちらを選ぶだろうか。   
 筆者ならば上段のもの。   
   
   
   
 その理由は・・・ウニのほうを裏返すと下のような具合になっているのだ。   
 (ブログの画像庫をチェックしていて思い出した・・・これ、6年半くらい前の画像である。)   
   



レオン・フライシャー/セルのCDセット商品


   
 フライシャーはセル/クリーヴランド管とともに何曲ものレコーディングを残したが、協奏曲録音のうちベートーヴェンおよびブラームスの全曲、ならびにモーツァルト/第25番を収録したセット商品が発売される:   
   
  http://www.hmv.co.jp/product/detail/4937046   
   
   
 「ふむ、要するにフライシャー/セルのコンビによる正規レコーディングのすべてだね」と思う人もいるかも知れないが、そうではない・・・。   
 上のほかにも残っている正規レコーディングがある・・・シューマンおよびグリーグのコンチェルト、フランク/「交響的変奏曲」、ラフマニノフ/「パガニーニの主題による狂詩曲」。これらはもちろんCD化されている。(これらについては、どうもその、「世間では忘れられがちなのでは?」と筆者は懸念しているため、念のために書き添えた。)   
   

ありがとう・・・一気物語


   
 ポータル・サイト、新聞社サイトなどのページで最新のニュース・情報を確認するのは誰もがしていることだろう。ほかに、自分が関連する業界や職種に関わる情報を発信しているサイトを覗いたり・・・。あるいはまた、筆者がこれまた日課のようにしていることとしては、趣味関連ブログや、自分と接点があったり興味を持ったりしている土地・街のタウン情報・生活情報を伝えているサイトやブログもパラパラッとチェックする。   
   
 「ネットが無ければ短時間でこれだけの情報に接して回れない。便利だ。そして、随想や私的メモのようなスタイルをとったものであれ様々な情報を発信してくれる人たちがいることはありがたいことだ」と思う。   
   
 Aさんは「ネット上の情報を見て回るにも時間がかかり過ぎる。ネットが存在することが便利なのかどうか分からない」と、以前から、いくぶん文明論めいた口調で言っている。   
 そういう感覚もあるのかも知れないなあ、と思っていたのだが、つい先日のこと、そのAさんがネット利用している様子を背後から見ていたら、ブックマーク登録しているサイトをひとつひとつクリックしてアクセスしていて・・・。なるほど、これでは時間がかかるわけだ、ネット利用に時間を奪われすぎてしまうであろう。   
   
 普通ならたとえば、こんな具合にしているだろうと思う: ブックマークの中に「新聞社サイト」「クラシック音楽ブログその1」「○○県○○市情報」などのフォルダを作ったうえでその中に諸々のサイトやブログ(のトップページURL)を登録し・・・そして、フォルダを右クリックしてバババッといっぺんに複数タブ(で複数ページ)を開く・・・(ブラウザによってはそういうことの出来ないものもまだあるかも知れぬが)。また、更新チェッカー機能を持ったソフトウェアなりネット・サービスも併用したり・・・。   
 ま、ともかく、(かつてと違って)一気に幾つものページを開いてチェックしていけるブラウザが一般的になったこともまた、ありがたいことだ。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 緑茶、ほうじ茶、ウーロン茶、紅茶・・・茶葉の発酵の程度や製造プロセスに違いはあるし風味も様々であるが、「お茶漬け」にウーロン茶や紅茶を使ったらどうなるかなと思ったことある人はたくさんいると思う。筆者はずいぶん前からそれを考え、しかし実験もせずにいる。ダージリンを薄めにいれるか、あるいはダージリンでもファースト・フラッシュのものを選んで「お茶漬け」にしたら、わりと自分好みのものになるのではないかと想像している。   
   
 今や、「ネットの無かった時代」とは違う。紅茶を用いた「お茶漬け」を想像したり実際にトライしたりしている人っているかなと思ってネットで調べると、うむ、いるいる・・・やはりネットは便利だ(何が?)   
   
 さて、下のは日経新聞に連載されている小泉武夫先生のエッセイ・・・今回は「お茶漬け」、そして茶でなく白湯(さゆ)を用いる「湯漬け」に関する話題であた。ミョウガの味噌漬を「湯漬け」で食すと美味いとの話がある。ミョウガの味噌漬け・醤油漬けは簡単なのに美味で、「粗食と言われようが、しかし、この風味に喜びと贅沢を見出せる日本人に生まれてよかった」と、筆者は本心から思っている。   
 上のエッセイにあるように、確かに、あえて「白湯」を選ぶのが好ましいときもある。個人的には「すきみ鱈(たら)」(「鱈すきみ」とも呼ぶ)もまた茶でなく白湯を選んでの「湯漬け」で食べたいもののひとつ。   
   
 ミョウガは英語では "Japanese ginger" だよと、手もとの和英辞典は教えてくれる。ショウガ科であるし、ま、そう英訳するのが適当なのだろうなあ。   
 ただ、どの部分を食用に利用するかについて、ショウガとミョウガとでは違いがあるし、楽しむ風味もまた異なっている。   
   
 あ・・・このほかにも山椒の利用パターンについてとか、「ちりめん山椒」での正しい「お茶漬け」の楽しみ方、「スパイス」と「ハーブ」について、また、風味のミクスチャ、ハーモニーについてなどなど書いてみたかったのだけど、今回は時間切れかな。この件はまたいずれ・・・。   
   


雑記



   
 (↑)向こう奥の白いCDは、 "La Discotheque Ideale" (アルファベット上に付く記号は省いて表記した)というセット中の1枚。日本語に訳せば「理想のディスコ」・・・にもかかわらず、いわゆる「ディスコ・ミュージック」は収録されておらずクラシック音楽ばかり。   
 これは不思議でない、なぜならば「理想のディスコ」と訳すのが誤りだからである。   
   
 今年に入って、(相変わらずそれほど多くは音楽を聴いていないけれども)聴くとすればほとんどバロック音楽。この白いCDにはピエール・ピエルロ/シモーネ/イ・ソリスティ・ヴェネティによる、ヴィヴァルディのオーボエ協奏曲が収録されている。   
   
 アナログ盤の時代には、ヴィヴァルディの作品はイ・ムジチの演奏によるもののほか、たとえばエラート(RCA? RVC?)の廉価盤シリーズで「フィオーリ・ムジカーリ」だったかな、そんな名前のシリーズ中にあったシモーネ/イ・ソリスティ・ヴェネティの演奏などでも馴染んだ。(あの当時は「ヴィヴァルディの魅力はバッハに及ばない」等々と思い込み、さらに、たとえば「海の嵐」などのレコードを欲しいときも「ガッゼローニ/イ・ムジチのレギュラー盤ではなく、ほかに廉価盤で何か無いかな」などと考えたりしたのであった。)   
   
   
 写真に一緒に写っているのは、ヴィンシャーマン/ドイツバッハゾリステンによるブランデンブルク協奏曲などのCD(現在は廃盤なのかな・・・そうだとすれば残念なことだ)。   
   
   
 年の暮れに 三 波 春 夫 が歌う「俵星玄蕃」の 動 画 に接し、それでふと「ストーリーと音楽」みたいなことに思いを馳せたことから、バロック音楽以外ではシューベルトの歌曲「海に潜る若者(あるいは「水に潜る者」など、何通りかに訳されうる)」も聴き返した・・・歌曲としてはずいぶん長い曲である。   
 英語でもドイツ語でも、詩/歌詞では基本的に脚韻を踏むことが求められる。シラーの詩もそういうルールに則っているわけで、詩作というのはご苦労なことだなあと改めて思った。もっとも、日本語の詩作では「五七調」などというものがあったわけで、これを外国の人から見れば「ご苦労なことだわい」なのかも知れぬが。   
   

○○住販は提案します、「太陽光発電つきオール演歌の家」

   
 (↑)上のタイトル、特に意味は無いのだ、「芸術のための芸術」ならぬ「ダジャレのためのダジャレ」。   
   
 あえて意味をこじつければ、こんな感じか:「電力供給不安もある今日、当社では太陽光発電パネルなど備えた家をオススメします。発電したぶんを利用するにせよ売電するにせよ、それはどうでもいいのですが、家族みんなが揃って同じ音楽趣味だと一家だんらんは楽しさ倍増ですね」とか。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 「楽しや」「悲しや」「うれしや」「美しや」・・・こういう具合に付く「や」がある。   
 ただ、現代の日常で口にする・耳にする機会は少なく、そして、これ以外の形容詞にこういう「や」が付くと、それを耳にしてもすぐには何のことか分からない・・・。   
   
 美空ひばりが歌う「みだれ髪」を聴いたのはずっと前のことで、歌詞は覚えていなかった。   
 で、久々に、この曲がカラオケで歌われるのを耳にしたときは、酩酊して半睡状態だった。   
   
 歌詞の途中で「憎や」という言葉が出て来るのだが、この「にくや」という音を、酔った頭は違う漢字変換をした・・・ひとたび誤解を生じると、それに続く言葉もまた間違って聞こえてしまうのだなあ・・・こんな具合に聞こえたフレーズがある:   
   
 「肉屋、小石屋、塩屋の美咲」   
   
 頭の中では、「食肉卸・販売などを営んでいる小石屋さん? そして塩屋というのは(江戸時代などにあった)塩問屋のことか? そこに美咲という名の娘がいたのだろうか・・・そんな昔に美咲なんていう名前があったんだろうか?」と考え・・・。   
   
 ま、上の誤解例は単にこちら(自分)が悪いのだ。   
   
   
 (追記)   
 上の件を知人と話した。彼は、「憎や(にくや)」・「憎しや(にくしや)」の両方の言い方があるだろうとの意見。そうだなあ。で、思ったのは・・・「憎々しい」(文語ならその終止形は「憎々し」かな?)という語に「や」を付すとすれば、「憎々や(にくにくや)」よりは「憎々しや(にくにくしや)」かなと思う・・・前者のように「にくにくや」では何か笑ってしまいそうである。   
   
   
 大瀧詠一の「雨のウェンズデイ」で、歌詞冒頭の「壊れかけたワーゲンの」という言葉が違って聞こえたりすることは昔からわりと有名かと思う。「壊れかけた和弦の」と聞こえるのだ。   
   
 「和弦なんて言葉あるの? それは何?」と訊かれても困るが、うーん、たとえば「日本で古来から親しまれてきた楽器のうちの弦楽器。琴、三味線、琵琶など」を意味するために造語採用するには適当な言葉かなと思う。   
   
 「壊れかけた和弦の」と聞こえるのは、歌詞と、それが乗る音符の長さ・歌いまわしなどとの関係に理由があろう。しかし、この点につき、作曲に問題があるなどと言うつもりはない・・・「こういう聞こえ方、音の運びがまた面白いではないか」という、そんなセンスや計算もあったろうと想像するので。   
   
 さらにまた別のメロディーを採用していたら、この個所は次のように聞こえる可能性もあったろう:   
   
  「壊れかけたわ、ゲンノウ」   
   
 ここに「ゲンノウ」とは、カナヅチなどの意味である。歌の冒頭で上のように聞こえたら「女性大工さんの歌なのか? それとも大工さんの妻が、夫の使っている道具に目をやりながらつぶやいているのか?」と思えてしまうだろうなあ。   
   
 歌はむずかしい・・・。いや、自分が悪い、あるいは考えすぎ、なのかな。   
   

新年を迎えて


   
 この新しい年が、平らかなものでありますように。   
   

雑記



   
 上のは「アイラ・ストーム」とカタカナ表記すればよいのだろうか、自分にとっては馴染みの無い銘柄であったが買い求め、そして飲んだ。   
   
 シングル・モルトと表記されているが、具体的にどこの蒸留所のものであるかまでは表示されていない。   
 飲んでみた一晩目の感想として・・・口に含んでの印象は、アイラ・モルトに、辛口の白ワイン少々(の果実とスパイスっぽい風味)や塩気が混じった感じか。ほどほどのあんばいのピート香も楽しめる。   
 熟成年数(たとえば「10年(以上)」)の表示も無いが、アルコール感はほとんど無い。銘柄名にもかかわらず微妙な柔らかさ・頼りなさ・淡さを伴うせいかどこか女性的なものすら感じる。ウィスキーをストレートで飲む場合、「つまみ」とのマッチングには風味のほか、ウィスキーの持つ「力」「ガツン感」を考慮しての拮抗バランスもまた問題になるかと思っているが、このウィスキーにはその「拮抗」を度外視できそうなところがあって、「つまみ」とのミスマッチが起こる可能性は小さめかも知れない。   
   
 「どこか刺激が足りない」という感想を持つ人もいそうだが、筆者には「美味さ」の点で魅力・好ましさを感じた。アイラ・モルトの「カリラ」はあまり飲まないが、あれと共通する風味があるかなあ・・・あれの「お上品タイプ」みたいな感じがしないでもない。   
   

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