2011-12

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雑記



   
 群馬県などで親しまれている煮込み料理に、「お切り込み」(または「おっ切り込み」)と呼ばれるものがある。上の写真のものはその料理に用いられる麺・・・しかし、こういう麺は、群馬県以外でも、東京でもその他でも、スーパーなどでわりとよく売られているようである(いや、東日本の、それも関東甲信越だけだったりするかも知れないけど)。   
 なお、この麺を用いて作られる料理も、また、この麺だけを指すときも、いずれの場合も「お切り込み」と呼んでいるふうにも思えるのだが、そのあたりを群馬県出身の知人に問い詰めたことはない(笑)。   
   
 「うどん」というよりは「きしめん」、しかも、もっともっと幅広い麺、そして「ほうとう」っぽくもある・・・というのが外観・食感である・・・しかし、製法や、また、料理に用いるときにはどうやら下茹でしないなどの取り扱いの点で、一般におなじみの「うどん」と相違するところがある。   
   
 これは伝統的には、本式ではどうやって食べるのかについてはネットにもたくさん情報があるからここでは触れないが、筆者のところでは自由気ままに食べている。   
 まず、肉や、根菜類をはじめとする野菜を煮たものと一緒に食す・・・これはおそらく本式に近かろう。好みに応じて一味唐辛子・七味唐辛子をふりかけても美味い。   
 ほかには、鍋料理の最後に「うどん」を入れる代わりに、この「お切り込み」用の麺を使う・・・この場合、筆者のところでは短時間だけ下茹でをする・・・あまり長く下茹ですると鍋に入れてから食べるときにちぎれやすくなるようだ。   
 また、茹でてから水に浸して熱をとり、「ざるうどん」・「冷やしうどん」と同様の感覚で「つゆ」で食べるのもイケる(薬味はショウガ・ネギなど)・・・麺を冷たくしきってしまうのでなく、まだほんのり温かさが残っているくらいにしたほうが美味しいと、筆者には感じる。   
   
 まだ試していないのだが、茹でた麺、またはそれを冷やした麺を適当な長さに切ったうえ、市販のパスタ・ソースをからめても(また、ホワイトソースをアレンジしたものを用いて、ついでに刻んだパセリをまぶしたりしても)、ちょっとした酒のつまみになるかも知れない・・・筆者の好みには合わないこと明白なので、自分自身の手で試してみようとは思わないが。   
   

雑記



   
 上のは、ディーリアスほかの作品を収録したCDのセット。   
   
 ところで・・・。   
 イギリスの作曲家の音楽でセルの録音が残っているものというと、ディーリアス/「イルメリン」前奏曲、ウォルトンの幾つかの曲、くらいか。ヘンデルもイギリスの作曲家ととらえるならば「水上の音楽」その他もレコーディングされているが・・・。   
   
 ディーリアスをあともう少しとか、ほかに例えばエルガー、ホルスト、ヴォーン・ウィリアムズらの作品も何点か、いや、せめて「エニグマ」くらいはレコーディングしておいて欲しかったと思わぬでもない。「エニグマ」については、ロイヤル・スコティッシュ管の指揮者を務めていたときにコンサートで振っているようではある。   
   
   
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 日本酒には例えば「上善如水」、「明鏡止水」などという名前のものがある。   
 焼酎では「けいこうとなるも」という銘柄のものがあって、これは「鶏口となるも牛後となるなかれ」に由来しているものと想像する。「晴耕雨読」という名の焼酎もあるなあ。   
   
 何というか、名言、故事、教訓、ちょっとした熟語などを用いて「名付け」をしているケースが見受けられるわけだ。   
   
 ウィスキーにもそのような例がある・・・。   
   
 昔、或る英国人が、一旦はウィスキー造りを志したものの、しかし、蒸留酒でなくビールのような醸造酒を手掛けて勝負すべきかどうか迷うことがあった。そんなとき、やはり醸造酒である日本酒にも興味を持つに至り、研究熱心な彼はついに日本を訪れた。   
 酒米や日本酒造りについて勉強するうちに彼は、日本人の精神構造、日本における礼節の感覚に興味を持ち、また、それらに感銘を受けたりもした。   
 或る日、田んぼ一面にコメが実るその光景に目を奪われていたとき、彼の傍らでこうつぶやく者がいた:   
   
  「実るほど 頭(こうべ)を垂れる 稲穂かな」   
   
 これを彼はいたく気に入り、心に刻んだそうだ。   
   
 英国に舞い戻ると、彼はウィスキー造りを始めた。   
 やがて、出来上がったウィスキーを出荷・販売する段になって商品名をどうしようか悩んだ。結局、「実るほど・・・」の言葉にちなんで次のように名付けた:   
   
   "Bow More" (もっとお辞儀をせよ)   
   
 ところが、これは不評を買った。消費者にしてみれば、どうして商品ラベルから「お辞儀をせよ」などと命じられなくてはならぬのか、というわけである。   
 その後、商品名は "Bow-More" に変えられ、さらには "Bowmore" へと・・・そしてそれが今日に至る。   
   
 あ、上で書いたウィスキーについての話は嘘・デタラメである。 "Bowmore" という蒸留所名/銘柄のウィスキーが存在するが、それはカタカナ表記されるときは一般に「ボウモア」である。アイラ島のボウモアという地にある蒸留所で造られたウィスキー。ボウモアとは、ゲール語で「大きな岩礁」を意味するそうだ。   
   
 下の写真の右のは、海外免税店向けらしい1リットル瓶。「エニグマ」という名称も付されているが、作曲家エルガーとは無関係(であろう)。   
 ピート香、薬品ぽい香り(正露丸のような)が、ほどよい具合に丸く収まっており、これはこれで魅力的な酒である。   
 写真の左のは、「ボウモア」を飲んだあとに飲むことが多い、バランタインの一番下のランクのもの・・・ブレンデッドであり、そして突出した特徴を感じないのであるが、何となくこれを選んでしまったりする。   
   


ウィンナ・ワルツ・・・



   
 ワルツやポルカなどを「思い立って聴く」ということが滅多にない。正月の、ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサート中継は気が向けば楽しむ(もちろん、NHKにはこの中継を今後とも続けて欲しい)。   
   
 さて、年の暮れでも、あるいは年が明けてからでも、CD(またはDVD)にてウィンナ・ワルツなどを鑑賞しようとする場合、どの盤を選ぼうか・・・。手持ちディスクから「このへんで楽しみたい」と思い浮かんだものをピックアップしてみたのが上の写真・・・手前からチェリビダッケ(このテの曲としては、「こうもり」序曲、ラデツキー行進曲ほか全4曲を収録)、ライナー、セルのもの。   
   
 しかし、ほかにもクライバー指揮ウィーン・フィル(1989ニュー・イヤー・コンサート)のDVD、フリッチャイ指揮のものなど、気に入っているものがある。   
   
 ゴロワノフ指揮のウィンナ・ワルツ集があれば聴いてみたいかな・・・。   
   
   
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 下のは缶入りカクテル飲料。   
 それぞれに美味しかったのだが、しかし、グラスには氷を入れずに注いだほうがよかったかも知れない・・・どうしても氷は溶けるから、「少しばかり薄いかな」、「飲み応えに不足感があるかな」という具合になってしまった。   
   



もっと味噌を試してみそ


   
 正確なタイトルは忘れてしまったが、「放射能に強い体をつくるための食材」みたいな趣旨の本を本屋さんで目にした。手に取ってパラパラめくると、「何だ、珍しいものは何も無いじゃないか。いまの自分の食生活とあまり変わらない」と思える内容であった。ただ、洋食化が進んだ現代では、人によっては「そう言えば、こういうものを最近は口にしていないなあ」との感想が浮かぶかも知れない。   
   
 その本では味噌も良いとして紹介されていた。   
   
 味噌は「和の食材」とされていいる。日本で誕生したと考えるか中国から伝わったものと考えるべきかはともかくとして、長きにわたって日本人に親しまれてきた伝統食材/調味料であることには違いない。   
 最近は外国でも味噌に目を向ける人たちがいるらしい・・・調味料として、可能性が大きい気がする。   
   
 「 花 の ズ ボ ラ 飯 」なる マ ン ガ があって、そのなかに「ポトケチャミルクミソ鍋」という料理が登場する・・・いや、この マ ン ガ を読んだことはないのだが、聞き知った。この料理名では・・・「ポト」はポトフ、「ケチャ」はケチャップ、それにミルク、味噌を指しているのだが、ま、ユニークな料理である。この料理を再現調理してネット上に公開している方もいらっしゃるのだが、それを見ると、うーん、これは「ズボラ」のようなそうでないような、しかし、「手抜き料理」とは言いきれないと思った。   
   
 味噌といえば、金山寺味噌は酒の「つまみ」として楽しめる・・・そういう話をしたら、「こういう品もあるよ」と知人から頂戴したのが下の写真のもの。同様のものを以前から口にしているが、美味いのだ。   
   


バルビ論理


   
 この連休、バルビローリを、あるいはエルガー(の作品)を聴いた。   
   
 セル好きであるのにバルビローリをもまたいろいろ聴きたがるのはなぜなのか。どういう理屈なのか・・・自分でも分からない。   
   


「アンドロイドは電気執事っ!」な夢を見るか (Do you dream...)


   
 (↑)・・・というのは或る著名な本のタイトルにちなんだダジャレであるが、スマホとそのアプリ類も、ユーザーの世話をそれこそ「自発的に」してくれるようになると素晴らしいかも知れぬ。具体的にどういうことを言いたいのかというと例えば:   
   
 ・聞き耳を立てるがごとく、周辺音声をいつも拾い、ユーザーがパネルまたは本体をちょんちょんと2つ突っつくと、会話内容がスケジュール調整であればそのとき確定したスケジュールを自動的にスケジュール記録してくれる。また、ユーザーが「おっと、○○の件をやり忘れてはいけないな」とつぶやくと、それも例えば To Do リストに記録してくれる。   
   
 ・誰かに送るメールにダジャレが含まれる場合、「送信」処理した途端、スマホ側から確認を求められる・・・「お若い方にはこのダジャレはダサイと思われてしまいますが本当に送信しますか?」とか「このダジャレは女性に対しては セ ク ハ ラ になりかねませんが本当に送信しますか?」等の世話を焼いてくる。メアド登録などのとき、その相手の年齢・性別など登録しておくことが前提になろうが。   
   
   
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 居酒屋ではしゃぐ酔っ払い・・・こんなクイズを出して喜んでいた:   
   
 「村野さんが買った日産車は何でしょう?」   
   
 村野さんというのはどうやら実在の上司らしいのだが、「おもしろクイズ」としての解答は「日産ムラーノ」。   
   
 ふむふむと思った。そして、「それじゃあ、寺野さんが買った日産車は何でしょう?」といクイズが頭の中にひらめいた。   
   
   
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 「エグリ・ウーリエ」というワイン(シャンパーニュ)がある。「ウーリエ」と発音すべきか「ウリエ」とすべきかには迷う・・・それは作曲家・指揮者のブーレーズを「ブレーズ」と発音すべきなのか迷うのと同じこと。   
   
 しかし、ともかく、このワインの名前を脳内漢字変換してしまうのだな・・・「殖栗(えぐり) 瓜恵」みたいな人名として。   
   
 「アンリ・ジロー」というワインについてもまた、脳内漢字変換プラス・アルファをしてしまう。「もしも歌手の 杏 里 と 冠 二 郎 が異色デュエット・コンビを組んだら・・・」などと思ってしまうのだ。   
   

「大阪都構想」のココが問題だ


   
 「大阪都構想」をめぐる問題点をズバリ指摘してみよう・・・。   
   
 PCその他で「おおさかとこうそう」と入力してから一括漢字変換しようとすると「大阪都構想」とは変換してくれない・・・この言葉を頻繁に使わねばならない行政関係者・新聞記者その他の人たちは「ユーザーによる語句登録」をしているか、さもなければ例えば「おおさか」と入力して変換、次に「みやこ」で変換、「こうそう」で変換、みたいなことをしているのだろうな。人によっては時間ロスの累計が小さくないかも知れぬ。   
   
   
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 本の売れ行きは、そのタイトルによっても大きく左右されると聞く。   
   
 下のは或る本の広告。本屋さんで手に取ったことはない。   
 気になったのは、1万円札を破ったりしたら罰せられるのではないかということ。   
 「貨幣損傷等取締法」という法律があるのだ。   
   
 あ、しかし、この法律でいう「貨幣」には紙幣(日本銀行券)は含まれないらしい・・・100円玉などを潰したりするのはこの法律に触れることとなる。   
   


雑記



   
 「備えあれば憂いなし」とフランス語で言いたい場合に、「喉の渇きに備えて梨を確保しておく」という意味合いの言い回しが使える。   
   
 しかし、「喉の渇き」に対しては缶ビールなどでもよいのではないか?・・・と、飲ん兵衛は思う(ビールの利尿作用などは無視)。   
   
 右のはサントリーのビール。何の気なしに買ったのであるが、某・流通大手グループの店舗でだけ買える限定商品のようだ。   
   
 このビールを、(普通の順序と違って)夕食後に、しかも梨をつまみながら飲んだ。このビールと梨とはミスマッチに感じた。   
 このビール、香りには個性があるかなあ・・・それほど強く感じるわけでもなかったが、こちらの好みには合わないものであった。しかし、ゆっくり味わって楽しめるビールではあった。   
   

雑記

   
 雑誌「サライ」の2012年1月号には付録CDがあって、「第九」が収録されている(まだ聴いていないが)。   
   
 「演奏者は?」というと、それぞれの楽章で違うのである。第1楽章から順に指揮者はカラヤン、クリュイタンス、ラトル、フルトヴェングラーである。すべてEMI音源が使われているが、クリュイタンスが選ばれていることには「へー」と思った(肯定的な感想として)。   
   
 ふつうのクラシック音楽ファンからすると、楽章ごとに演奏者が異なることに抵抗感を覚えるが・・・。また、普段はクラシック音楽を聴かず「第九」を全部聴くのも初めてという人たちも含めて、ラトルからフルトヴェングラーへ移ったときの音質クオリティの変化は気にならないのかなあ・・・フルトヴェングラーのはバイロイトので、いま、どこまで音質改善されているのか知らぬけど。   
   
 しかし、第1楽章から第4楽章まででは完全な「第九」ではない。この欠落をどうするのだろう。   
    
   
   
 「え? 何のこと?」・・・第1楽章が始まるまでにはやっぱりアレが必要でしょ、フルトヴェングラーの「足音/靴音」が。   
   
   
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 魚のアジ(鯵)を食べると、「えっと、今日は何日だったっけ?」と思うことがある。   
 なぜか? それは、「サラダ記念日」のあの歌の冒頭を「このアジ(鯵)が」と変えたうえで、当日の日付を使って例えば「葉月十日(はづきとおか)は サカナ記念日」とする遊びを頭の中でしてみたく思うから・・・しかし、ダジャレと同様に、こういうことは口に出さない主義である。    
   
 以前、こんなヴァージョンも思いついたことがある:   
   
   
  このアジが 「言い値」で「いい値」の 関アジと   
  勧められしも ウルメでいいね (於・居酒屋)   
   
   
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 以前からウナギそのほかの産地偽装が問題になったりしている。   
 震災・津波被害、原発事故があったがために東北応援セール、東北産品のギフト商品などが企画されて来たし、これからもあり続けるだろう。同時にまた、放射性物質を含む食品などを避けたく思う消費者は多くいることだろう。そういう環境の中では産地偽装などもまた行われるのではないかと疑っている人が筆者の周囲では少なくない。   
 どんな「偽装」あるいは「困ったこと」が考えられるのか?   
   
 1. 「東北の産品と表示するとお客さんには応援の気持ちが生まれるせいか予想以上に売れるな」・・・ということで、東北地方でもない地の産品を東北のものであると表示する。これは、「悪質さ」の程度がそれほどではないと思う向きもあるかも知れないが、イマイチだったり粗悪だったりする商品、人々が抵抗感を覚えることも少なくない輸入品の場合、かなりよろしくないケースにもなりうる。   
   
 2. 「産地を正直に表示すると、放射性物質の懸念からお客さんは手を出さないだろうな」・・・ということで、東北の産品をぜんぜん違う産地のものであるように表示する。   
   
 3. 好ましい条件で、あるいはこれまでどおりの条件で出荷できずに困っている農家そのほかに対して理不尽な買い叩きをする。あるいは、後払いとした仕入代金をいざ支払う段になって、「やはり大量の売れ残りが出た。残ったぶんを返品したい。それがダメなら仕入代金は減額して支払う」と迫る。   
   
 4. 上の3のような仕入れをしたうえ、さらに2の如く、ぜんぜん違う産地を表示して客に売る。   
   
 上のようなことを効果的に抑止させる方法は無いのか。   
   
   
 農業を営んでいるわけでない家庭において、コメの在庫量は普通どのくらいだろうか? 筆者のところではピーク時には60キロほど。新米の時期がそのピークであるが、年も明けてやがては20キロ程度を維持するようになっていく。(なお、コメについて、精米済みのものをビニール袋で保管するものと信じている人は、居住地の環境にもよるかも知れないが60キロも買い込まないほうがよいと思う。)   
   
 ずいぶん前のことだが、酒の量販・ディスカウント店でコメがわりと安く売られていたので買ったことがある。どの地のコメを選ぼうか迷ったのであるが、精米日の表示をチェックしたら一番直近のが福島県産のものだったのでそれを買って帰った。同県のどのあたりの地域の産であったか忘れてしまったが、しかし、それは美味しいコメであった・・・次の週にまたずいぶん買い足した。   
   
 今年、来年と、福島県のコメがどのような扱いを受けて流通するか。腹立たしいこと、生産者が無念と思うことが起こらぬようにと願う。   
   


雑記

   
 バブルが崩壊して何年も経った頃に、或る本がこっそりと出版された。一般書店で流通するものではなく、また、会社・企業向けに販売されたものである。「複製・コピーしない。税務調査などの場合は会社オフィスから従業員の自宅に移して保管する。処分時は焼却する。」等の条件が書かれた誓約書にサインまでしないと入手できないというものであった。その本のタイトルをネット検索すると、やはりヒットするものがあるのだが、そのタイトルをここに示すことは遠慮させていただく。   
   
 本の内容は、粉飾決算のさまざまな手法や、いわゆる「飛ばし」の手法、脱税のノウハウ、銀行融資を受けやすくするための経理操作などなど・・・。   
   
 目次の一部をここに示してみよう・・・。   
   
 ・粉飾は決算月・決算作業だけで考えるな。差がつく日次・月次のテクニック。   
   
 ・切手・印紙・商品券で作れる裏金など限られる。もっとダイナミックに行こう!   
   
 ・「内部けん制」と「内部監査」に大事なのは「機能しているフリ」だ。   
   
 ・監査役は看過役に、監査法人は看過法人にしてしまえ。悪の大計画3ステップ。   
   
 ・目からウロコ・・・アッと驚く勘定科目別脱税テクニック。   
   
 ・・・以上は本の前半部である。フツーに真面目な感覚を持っている者には「けしからん」と映るのだが、しかし、この本の意義と真骨頂は後半にあるのではないかと筆者は考える。その目次も紹介してみよう・・・。   
   
 ・「社長っ、粉飾しなければそんなにまで税金は払わなくて済むのですが」の検証。   
   
 ・「粉飾」、「剰余金」、「タコ配当/タコ足配当」を考える。   
   
 ・税務調査時に斡旋される職員OBを顧問税理士にしなくてはいけないのか。   
   
 ・手を染めたらヤメられない粉飾の怖さ。   
   
 ・その粉飾も必ずバレる。回帰分析ほか矛盾チェックの手法15選。   
   
 ・肝に銘じよ、「天網恢恢、疎にして漏らさず」と。   
   
   
 ・・・さて、以上、この本についての話は架空のものである。   
   

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