2011-11

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雑記



   
 甘栗(天津甘栗)というものは、アルミパックなどに入ったものをコンビニで目にしてもちっとも心は刺激されない。ああいう食べ物は、屋台っぽい店で、周囲に香りをプンプン撒き散らしながら、そして、例の紙袋に入れて売ってくれるのがよい・・・今の時代、そういう場には出くわさなくなってしまったが。   
   
 あの甘栗のよい香り・・・。   
   
 さて、上の写真のは、麦のほかに栗も用いて造られた焼酎。   
 初めてラベルを見たときは「りってんしょう」と読むのかなと思ったが、「くりてんしょう」なのだね。   
 「天孫降臨」という名前の焼酎があるが、上の焼酎は「天照大神(あまてらすおおみかみ)」にあやかっているのかどうか知らない。ラベルのイラストを見ていると、枝から落ちた栗が夜には月の光を受け、その反射した光がまるで夜空を照らすかのように錯覚させられるシーンを思い描いてしまうのだが、それで「栗天照」か・・・ま、筆者にとってはどうでもよいけど。   
   
 この焼酎をお湯割りにすると、まだホカホカしている甘栗と同じ香りが立ちのぼる・・・と、そんなことを期待しながら買い求め、そしてストレートで、また、お湯割りで飲んだのであるが、しかし、「あれ? 栗らしい香りは特にしないなあ」というのが筆者の感想であった。一応、2日間にわたって味わってみたのであるが。栗を、加熱し、あるいは焦がすことで生まれる香りを求めるのが間違いなのか。   
 ただ、飲みやすい。甘みも少しばかり強めかな。お湯で割ったときの舌の上での転がり方・延び方が他の焼酎よりも心地よいように感じられた・・・妙な表現だが、「酒の表面張力が、他とは違う」みたく思えた。   
   
   

雑記



   
 「悲愴」交響曲の名盤を選べと言われたら、筆者、おおいに困惑するだろう・・・昔から苦手だった曲のひとつだから。カラヤンかムラヴィンスキーのレコーディング/音源の中からテキトーに選んでしまうのが無難か(笑)。しかし、そんな選び方をしたら、「フリッチャイが残したものを忘れてしまってよいのか」という思いに責められることだろう。   
 筆者にとって聴きやすい「悲愴」としてはセル/クリーヴランド管のライヴ、そしてジュリーニ/ロス・フィルのレコーディングか・・・ただ、「これこそが“悲愴”の真の名演」と評価する人はかなり少ないだろうけど。(なお、上の画像は過去の使いまわしであり、関係ないものも写っている。)   
   
 「幻想交響曲」もまた苦手であり続けている。しかし、 ALTUS レーベルから出ているクリュイタンス来日公演ライヴの演奏には心を奪われてしまう。また、「こういう演奏もありなのか?」と思わされるパレー/デトロイト響のレコーディングは「聞きやすい」と言えば言える・・・演奏スタイル・仕上がりには首を傾げてしまうけど。   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 久々に聴いた音楽は・・・パレーによる「幻想交響曲」、セル/クリーヴランド管によるハイドン/交響曲第31番(1965年 欧州ツアー公演ライヴ)そのほか。   
   
 今頃になって「夏の疲れ」が出てきたっぽい状態になったせいか、「自分としてはちょっと変なものを選んで聴いたな」という感じがする。   
   


若き日のセル/関連プチ資料

   
 ベルリン国立歌劇場にてE.クライバーのもとで第1カペルマイスターとして活躍していたセルは、1925年頃にはホーエンツォラーンダム(ホーエンツォレルンダム)辺りに暮らしていたようだ(下の画像は、その頃の歌劇場関係者を紹介した資料・・・2行目にゲオルク・セルの名前その他が見える)。   
 その後の1927年、28年当時の住所については、先だって紹介したセルの伝記本20ページで触れらている。   
   


雑記



   
 上の2つの商品・・・どちらのも、果汁の風味をどのくらい前面に出すかについて控えめ傾向にあるかな。仕上がりに上品さが生まれていると思う。   
   
 ところで・・・。   
   
 ワインを意味する(ワインに相当する)フランス語は男性名詞である。   
 ほかの酒類もみていくと、ビールについては女性名詞。   
 ブランデー一般は女性名詞。   
 コニャックは男性名詞。   
   
 上の右の商品は「チューハイ」なのだと表示されているが、これが男性名詞になるか女性名詞になるか筆者は知らない(笑) 「ヌーヴォー」でよいのか? 「ヌーヴェル」でなくてよいのか?   
 この商品、2011年収穫のブドウ果汁を用いているという・・・ジュースに相当するフランス語は男性名詞だから、やはり「ヌーヴォー」でよいのかな。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 「乾そば」などを買うときは原材料表示欄を見て「小麦粉、そば粉・・・」という順でなく「そば粉、小麦粉・・・」の順序になっているものを選んでくれ、と伝えてある。多数の製品のなか、そういう製品は案外と少ないようではあるが。   
 もちろん、そば粉が多い製品であれば必ずや美味いとも言い切れないし、また、「麺類としてイケるかどうか」という観点からすれば小麦粉の含有量が多いのはダメとも言い切れないと思ってはいるけど・・・。さらにまた、メーカーが嘘の表示をすることは絶対に無いとは言い切れぬと思っているが・・・。   
   
 それはさておき、或る「乾そば」商品に表示された「へぎそば」の説明。要領よく書かれている・・・。   
   


雑記



   
 左のサッポロのは、「札幌開拓使麦酒 PREMIUM 」なる限定醸造商品。原材料は麦芽とホップだけというタイプのビール。ふつうに美味かった。(札幌の地で醸造されたものかと思いきや、千葉工場で製造しているとの注意書きが書かれている。)   
   
 右のはベトナムのビール。イトーヨーカドーにて廉価で売られていた。   
 味わいが薄いと感じられた。しかし、それは「水っぽさ」とは違う。このビールはこれでおいしいと思った。   




セルの新譜

   
 セル/クリーヴランド管によるブラームス/交響曲第1番の正規レコーディングは2つある・・・1957年のものと1966年のもの。1957年の旧レコーディングは "United Archives" レーベルによってCDへと復刻されはしたが、ソニーからCD化されることはなかった。   
   
 しかし、先日、ソニーからこのようにCDがリリースされた:   
   
  http://tower.jp/item/tracks/2940779/   
   
   
 音質面では1966年のレコーディングが勝ること、言うまでもない。   
 1957年の演奏内容・表情については、好みが分かれるところだろうなあ・・・筆者は好きだが。   
   
 下の画像は、1957年レコーディングのほうのアナログ盤(米エピック)。   
   


雑記



   
 何かをつまむこともせずに飲んだ・・・それぞれに美味いビールであった。   
   

雑記

   
 某小学校が保護者に宛てて発行している学校通信より転載(201X年6月号):   
   
   
   
  当市の市立小中学校の学校給食にかかわる新しい標語は、多数の応募作品から次のものが選ばれました:   
   
  “給食で 世界とつながる 楽しいね”   
   
  (第一小学校4年生・○野健二くんの作品)   
   
   
  当校の児童やその保護者の皆様からも多数の応募がありましたようで、この場を借りてお礼を申し上げます。   
   
  従来の標語「給食も 地産地消で 健やかに」は廃止されます。   
  既にご説明しましたとおり、環太平洋経済連携協定(TPP)を機に農産物そのほかの食材について輸入量が激増するとともに、当市においてはまた「学校給食センター運営にも徹底したコスト意識が必要」との方針が明確になったことから、給食は地産地消にこだわるものではないとの方向性が示されました。これに伴い、標語も改められることになった次第です。   
   
   
  (中略)   
   
   
  現在、学校給食センターには保護者の皆様から問合せが数多く寄せられているようです。特に目立つものについては学校給食センターから当校にもQ&Aとして紹介されております。次のとおりです:   
   
  Q.「パン」でなく「ご飯」のときは国産米を使うのか?   
   
  A.コスト面の理由から、原則として国産米は使いません。現在も「ジョージアひかり」、「ルイジアナ小町」、「テキサス錦」などを主に使用しております。また、「アラバマレディ」という銘柄を中心としながらも若干量の国産米を含むブレンド米「アラバマレディ・つや姫ミックス」などはコストと風味のバランスが高く評価されており、今後の使用を検討中です。   
   
  Q.野菜の国産品使用率はどのくらいを維持するのか?   
   
  A.コスト面の理由から、国産野菜の使用率は低くならざるをえません。外国産野菜は、「葉もの野菜」の冷凍品なども含めて廉価で調達することが可能となっており、コスト上は国産野菜を使用するメリットが乏しいのが現状です。   
   
  Q.子供たちに日本人としての味覚を備えさせることは大切だ。これまでどおり、和食メニューのもの、また、里芋、タケノコ、ごぼう、うど、柿、ビワ、いちじく等々を学校給食のなかで出して欲しい。   
   
  A.「日本人としての味覚」を備えてもらうことは、学校給食の使命として最低限度求められる範囲を超えるテーマではないかと考えられ、それぞれのご家庭で対応いただく問題かと思いますが、今後、検討してまいります。   
   
   
   
 ・・・・・以上、もちろん「架空」の話である。   
   


レオン・フライシャーの本 - その2

   
 前回の記事で紹介したフライシャーの本を途中まで読んだ。   
   
   
 72ページ(このペーパーバック版でのページであり、ハードカバー版ではページは相違するかも知れない)にはオーマンディ/フィラデルフィア管と初共演したときのことが書かれている。   
 ラフマニノフの協奏曲第2番第2楽章ではピアノがトリルを次第に音量を下げて奏で、次いで2本のフルートが入って来るという個所がある・・・具体的に第何小節とは書かれていないが、おそらく第2楽章中盤あたりのところであろう。リハーサルで演奏してみたあとにフライシャーは、トリル演奏の時間をもう少し長めに欲しいのでフルートが入るタイミングを遅らせて欲しい旨をオーマンディに願い出た。   
 この協奏曲は同オケにとってお得意のナンバーであるが、フライシャーはこのように願い出たことは根本的な過ちであったとの感想を持っている。というのも・・・。   
 本番のコンサートで第2楽章のそのトリルの個所に至ると、オーマンディはピアニストのことなど忘れてしまったかのように遠くをじっと見据えたままになり・・・フライシャーはトリルを演奏し続け、腕も指も辛いことになったという(はて、一体どれほど長いことトリル演奏する羽目になったのか?)・・・やがてオーマンディは小さく微笑みながら目を伏せるとフルートを入らせた。   
 そうして、フライシャーが再び同オケに招かれたのはずっとずっと後のことになる。   
   
   
 130ページ。セル/クリーヴランド管のコンサートのあとに行われたディナー・レセプションのときのことであろう・・・セルも夫人も出席していたわけであるが、酔っ払ってしまったホスト役がセル夫人に話しかけ質問したときの、夫人の答えが面白い。(内容を紹介するのは控えさせていただくが。)   
   
   
 146ページから147ページにかけての記述によれば、チャイコフスキーの協奏曲第1番もセルと共演したことがあるのだなあ・・・ネット上にあったデータで確認してみたら、確かに1958年2月にセル/クリーヴランド管と共演しているようだ。レコーディングもしておいて欲しかった。   
   
   
 今回はここまで。   
   

レオン・フライシャーの本



   
 クリーヴランド管とのリハーサルが始まろうとするとき、ピアニストのグレン・グールドは椅子(例の、ああいう椅子だったのだろうなあ)の微調整に手間どっていた・・・そこでセルはグールドに向かって、椅子を調整するよりもむしろそのお尻をほんのちょっとばかりスライス(カット)すればリハーサルを始められるのだけどね、という趣旨の皮肉を言った。   
   
 上のは有名なエピソードである。しかし、「グレン・グールドは語る」という本によれば、二人の間にそのような「やりとり」など無かったとされる。この本は、グールドのファンを中心に既に広く読まれているだろうけど、今では「ちくま学芸文庫」に収まっている。   
   
 グールドの人気・知名度などからすれば、その関係の邦訳本も出版されることは当然のように思えるけれども、しかし、セル・ファンにもお馴染みのレオン・フライシャーのものとなると、さて、どうだろう。冒頭画像の本は、このほどペーパーバック化に至ったフライシャーの自伝(みたいなものであろう・・・まだ読んでいないのだけど)。今後、日本語訳されたものが出て来るかどうかは分からない。セルとの関わりなども少なからず語られているものと思って買い求めた。   
   

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クラシカルな某

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