2011-08

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セルの新譜


   
 バドゥラ=スコダ/セル/コンセルトヘボウ管による、モーツァルト/ピアノ・コンチェルト第22番(1959年ライヴ):   
   
  http://www.hmv.co.jp/product/detail/4181498   
   
   

麦の恵み



   
 缶ビール3種。   
   
 それぞれに美味い。しかし、何度でも飲みたいと思えるものは真ん中のと右のとかな。   
   

大豆の恵み



   
 写真左のボトル・・・大豆を主原料とする飲料なのだが、炭酸入りであるところがユニークだ。新鮮な飲み口。個人的には健康食品・栄養補助食品の類には興味ないのだけど、「健康に良いからという理由で、しかしイヤイヤながら豆乳を飲んでいる」という人にとってはトライする価値のある飲み心地かと・・・。   
   
 写真右のは高野豆腐/凍り豆腐/凍(し)み豆腐の煮物。調理したのは筆者だ(笑)。   
 或ることがきっかけで、しばらく前から時々、この煮物を自分でこしらえる。合わせたのは干しシイタケだが、ほかに生シイタケ、シメジ、エノキのいずれかを組み合わせりもする(干しシイタケ以外はろくにダシ・旨み成分が出ないようなので調味には若干の違いがある)。濃口醤油を使っているのでこの写真を見て「うわっ、味が濃そう、辛そう」と想像する人もいようが、「薄味、ただし、砂糖による甘みはいくらか強め」の感じ・・・それが、この煮物の場合の自分の好みである。   
   

茹(ゆ)で玉子を・・・

   
 まだワープロ専用機が幅をきかせていた頃、   
   
  「きしゃのきしゃがきしゃできしゃした」 → 「貴社の記者が汽車で帰社した」   
   
という全文一括変換が出来るか否かチェックするというか遊ぶというか、そんなことをしてみる人は少なくなかったと思う。   
   
 時は移ろい・・・さて、「ゆでたまごをゆでたまご」は、あなたが使用中のIMEでは「茹で玉子を茹でた孫」と変換してくれますか?   
   
 「それはナンセンスな文例だ。生玉子を茹でることで“茹で玉子”になるんだろ? すでに“茹で玉子”になっているものを茹でるヤツはおらん」というツッコミは無しでお願いします。   
   
   
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 最高気温 摂氏25度、30度、35度を境にして「夏日」「真夏日」「猛暑日」という言葉がある。  
 それから最低気温に目を向けたときには「熱帯夜」という語もある。   
   
 今後、夏がさらに暑くなっていくことが見越されるならば、そろそろ新しい用語を準備しておく必要もあろう。つまり、最高気温40度とか45度とかを境に何と呼ぶかだ・・・たとえば「酷暑日」「酷熱日」「烈暑日」「炎熱日」「灼熱日」「焦熱日」などが考えられようか(ただ、温度の点だけでなく「晴天で強い日照を伴うこと」が前提であるような語ではちょっとよろしくないのかも知れない)。   
   
 また、夜どおし、そして朝まで30度を下回らない状況を何と呼ぶべきかだが、こちらは適当なアイデアが思い浮かばない・・・しかし、「超熱帯夜」とかになるかなあ。ほか、「苦悶夜」というのもありえるかと思えるが、まったく違うことを連想する人もいそうだから不適当か。   
   
   
 「明日の最高気温は43度、また最低気温は32度と予想されます。熱中症には十分にお気をつけ下さい」という天気予報は、しかし、耳にしたくない。   
   

雑記



   
 缶ビールの景品/オマケとして相応しいもののひとつはグラスかな。   
   
 発泡酒なのか第三のビールなのか、キリンの「のどごし 生」500ミリを3缶セットにしてコンパクトカメラ用の三脚を景品に付けた商品があった。買う前に景品の入っている紙箱の中を覗くべきだったな・・・ヴァリエーションが4色あるらしいが、赤色だったのが残念。ま、三脚は別に持っているし、そして出番もあまり無いからどうでもよいか。   
 肝心の味についてだが・・・飲んだときのこちらの体調・コンディションのせいかな、開缶したてであっても「注いでから時間が経ってしまったビール」っぽい臭みと軟弱感が微かに舌に感じられ、満足しきれなかった。それこそキンキンに冷やしたうえでグイグイ飲んでいくのが正解かも知れないが、そのやり方はまだ試していない。   
   

雑記

   
 某ファミリーレストラン・チェーンでは今夏、関東甲信越以西の地域で「冷汁(ひやじる)セットB」の売上げが絶好調という。これは、冷汁、豚肉しゃぶしゃぶ風、ライス(微冷温)をセットにしたメニュー。涼しい食感を楽しめるとともにスタミナ面への配慮も出来ているとして、消費者の支持をつかんだようだ。   
   
   
 (↑)・・・というのは嘘・架空の話。   
 ファミリーレストランがやりだすと、風味・食感に新しさやユニークさを出そうとして例えばゴマ油、ラー油、オリーヴ油など加えて仕立て上げるなど余計なお世話をしくれそうな気がして、筆者個人的には期待を寄せるものではない。   
 話は違うが、カツオの「たたき」にドレッシングをかけて出してくる居酒屋も好きになれないしなあ(戻りガツオでなく初ガツオであればドレッシングのような油っけが欲しいという意見の人もいるのだろうけど)。   
   
   
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 「苦あれば楽あり」からの洒落なのだろう、「食あれば楽あり」というタイトルのコラム/エッセイ(小泉武夫先生)が日経新聞に連載されていて、いつも楽しみにしている。   
   
 下の左のは最新のもの。右のは随分前に切り抜いたもの(2004年4月1日)。   
   
 「冷汁」を知ったのは10年以上も前のことだが、ここ数年、世間での知名度もかなりアップしたのではないか。   
 初めて目にしたときは「うっ・・・これ、美味いのか?」と戸惑った。   
   
 ああ、近いうちにでも、この夏初めての冷汁を口にしたい。   
   


セルの伝記-その4

   
 巻末資料を除いて読了したのだが、総合的な感想というと意外にも「特に無い」に近い。それでも、セルの足跡をよく把握できるのでファンにはありがたい本だと言って間違いあるまい。   
   
 セルと共演した演奏家、またセルと関わりを持った作曲家などで現存する人に、今からでも遅くない、音楽雑誌などがインタビューしてくれればセルについて興味ある話題がまだまだ出て来るかも知れないなあ(尤も、セルとケンカ別れした人などは機嫌を損ねることもあろうけど)。   
 ヴァイオリニストのパイネマンとセルとの関わりについては210ページにも書かれているが、1964年12月、彼女の楽器選びをセルは手伝っているのだなあ・・・あの有名なパイネマン/ペーター・マークのドヴォルザークの協奏曲のレコーディングは1965年であるから、このときに演奏されたのもその楽器だろうか。   
   
 巻末資料のディスコグラフィを、念入りにではなくパラパラと眺めたのだが、リヒャルト・タウバーとのレコーディングのうちプッチーニやワーグナーのもの、また、ビヨルン・タレンとのレコーディングについては記載漏れか(それとも筆者がこれまで得てきた情報が誤りであるのか)。   
 352ページの2行目で、モーツァルトの交響曲第21番とあるのは第29番の誤りだろう。   
   

セルの伝記-その3

   
 さて、172ページ以降に進んでちょっとすると、著者の語りのトーン・気合いというか筆の進み具合というか、そういうものが好転しているかに感じられる。これは気のせいか? しかし、いよいよ1957年以降の話題となり、1961年からセルのもとで勉強した著者にとってはファーストハンドの体験や情報がたくさんある時期なので、やはり、古い資料とにらめっこしながらものを書くのとは違ってくるだろう。   
   
 198ページでは、著者が実際に目にしたセルのミスについて書かれている・・・暗譜で指揮していてオケ・メンバーに合図を出すタイミングを間違えたときのこと。例のひとつとしてはレスピーギの「ローマの噴水」に於けるミスが紹介されている。「トリトーネの噴水」の部分が終わろうとして次の「トレビの噴水」に移っていこうとするときにセルは、イングリッシュホルンと2本のファゴットに対して1小節ぶん早く“入り”の合図を出したという。このとき3人の管楽器奏者はセルの指示どおりに演奏することにし、そして他のオケ・メンバーも事態を呑み込んで同様に追随したため事なきをえたという。   
 本書のこの部分に関して補足説明させてもらえば、このハプニングが起きたのは1961年10月5日(木曜日)の演奏会であったと思われる。本書によれば、同じ演目での2回目公演ではセルはミスをしなかったとされるが、それは翌々日すなわち7日(土曜日)のことを指しているのであろう。   
   
 著者はもうひとつ別の機会に見受けられたミスも紹介したうえでセルの記憶構造について推測をしている・・・音楽についての記憶力というものは視覚によるもの(譜面からの情報、譜面の記憶ということだろう)と聴覚によるものとから出来ており、それら両者のバランスは人それぞれである・・・音楽の、動きのあまり無い個所でセルが記憶のもつれを起こすということは、セルの記憶構造は視覚優位というわけではないのだろうと。(←なお、直訳を避けさせてもらった。)   
   
 なるほど。セルがミトロプーロスの記憶力を褒め、頭の中に詰まっている音符が(髪の根元を突いてしまうから)髪を抜けさせてしまったのだと冗談を言ったりしたのも、譜面の記憶力という点ではミトロプーロスに負けているという自覚があってのことだろう。(ミトロプーロスにはまた、ニューヨーク市だったかの電話帳を開いて見せられたらそのページ内容を記憶できてしまったという逸話があるから驚きだ。)   
 岩城宏之氏はオーストラリアのオケでハルサイを暗譜で振っている途中で突然に譜面の記憶が消えてしまったことがあるらしいが、素人感覚からすればハルサイを暗譜で振ろうという勇気自体が超人的にすら思えてしまう。   
   

セルの伝記-その2

   
 前回記事で紹介したセルの伝記本を171ページまで読んだ。   
 「いまひとつ面白さ・ワクワク感に欠けるかな、それはどうしてだろう?」などと思ったのだが、ああ、そうだ、米アマゾンにおける、6月8日付のカスタマーレビューにその答えが見つかるかな:   
   
 http://www.amazon.com/George-Szell-Life-Music-American/dp/0252036166   
   
   
 尤も、著者にしてみれば、余計な考察・推理はするまい、客観的な事実・資料を記す/示す姿勢を貫こうとか、そのように思うところもあったに違いあるまい。   
   
   
 先へと読み進むのを中断して、283ページから288ページをちょっと読んでみた。   
   
 セル来日時の「英雄」の演奏内容は、クリーヴランドで1970年5月7日・8日に指揮したときのものとそっくりであったに違いないと筆者は想像する(そのクリーヴランドでのライヴ録音はかつて某DレーベルからCD-R商品として出ていた)。   
 本書によると、その8日のコンサート(「オベロン」序曲、モーツァルト第40番、「英雄」)を指揮してステージ裏に戻ったセルは "Now, that was a performance!" と言ったという。セルとしても、少なくとも「英雄」の出来については満足感があったのだろう。   
 で、思い出したのだが、日本の、どうやらセルをあまり高く評価しない音楽評論家のU氏は来日したセルのコンサートに出かけていって「英雄」を聴き(セルの指揮ぶりを見て)、大したことない指揮者だなみたいな感想を持ったとか・・・ふむ、この人はセルよりもさらなる高みなり何なりかを求めているのだなあ(この人が指揮した「英雄」がCDで出ていることは知っているが、レコ芸の付録CDで冒頭部分のみ聴いただけである)。   
   
 1970年7月30日夜、ブレーズ/クリーヴランド管のコンサートの最中にセルは病院で亡くなったのであるが、288ページでの44番の注の内容はつまり 心 霊 現 象 であるのかな。   
   

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クラシカルな某

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