2011-03

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雑記

   
 2016年 某月某日付の(え??) ××新聞(東京版)の記事を引用:   
   
「   
   
 1964年からおよそ半世紀を経て、再びの東京オリンピックの開会式まで2か月あまりとなった。2011年3月の東日本大震災からの復興が進むなか、「日本の復興を世界に知らしめ、各国から寄せられた善意への感謝を表明できる機会でもあり、格別の意味ある祭典」との声も聞かれるものの、しかし、東京都民のあいだにすら複雑な思いが交錯しているようだ。   
 「あの震災の復興はまだ終わったわけではない。いまなお仮設住宅での暮らしを余儀なくされている人たちもいる。東京都民すべてがオリンピック開催に浮かれているように誤解されるとすれば、これほど後ろめたいことはないし、身のおきどころが無いような心持ちだ」と話すのは64歳の女性。   
 金の使いみちや財政についての意見も聞かれる。「オリンピックのための道路や競技場、建物を作るのに国や東京都はどれほどのお金を使ったことか。そういうお金のすべてがとは言わないまでも、被災者支援・受入や復興支援にもっと回っていたら・・・。復興のスピードももっと速くなったろうし、増税幅にしろ国の借金の伸びにしろもっと小さくて済んだのではないか」と漏らすのは51歳の男性。   
   
 さまざまな意見があるなか、オリンピック開催に伴う経済効果に期待する声は強い。   
 しかし、不安材料が無いわけではない。A国の選手団は日本行きを見合わせオリンピック不参加とする方向で検討に入った。それに追随するようにB国やC国の選手団も慎重姿勢に転じた。東日本大震災に伴う原子力発電所事故から5年が経つが、諸外国が日本を「極東の放射能汚染列島」と見る感覚は今なお薄れず、選手の万一の健康被害を懸念している。「競技日程を終えても東京を出ての観光は控えるように」と選手に指導する例もある。オリンピック観戦のために日本を訪れようとしている観光客に対し「放射能警戒マップ」を渡す海外の旅行社も登場した。D国の○○新聞は「オリンピック取材のためということで自社の記者を日本に派遣することはしない。日本人をはじめとするフリーランスの記者を手配済み」という。   
   
   
   
 ・・・などということになったら困るが、いや、しかし現実には、2016年のオリンピック招致合戦では東京は破れていたのだった。   
   
 筆者、国や自治体における財政、会計制度、基金(オリンピック基金)の性格などなどについてはろくに知識が無いが、いずれにせよ結果論として、そして短期的視点に立った場合、東京オリンピック招致が失敗したことは悪いことではなかったのではないかと、個人的にはそう思っている。   
   
 

「ほうれんそう」はどうなっているのか

   
 今や新入社員でも知っている「ほうれんそう」・・・すなわち、「報告・連絡・相談」。   
   
 筆者がまだ若かった頃は、そういう意味での「ほうれんそう」なる言葉は無かった。だから、事務屋の仕事をメインに置きながらも一時期だけ関わりを持っていた営業方面の仕事のときに上司から言い聞かされたのは、   
   
 「悪い報告はすぐにせよ。それに比べれば良い報告は後回しになっても・・・」   
   
というものであった。   
   
 ああ、しかし、筆者は大失態をしでかしたことがある。   
 運が味方してわりと大きな受注を得たことがあるが、そこに至るまで気持ちは「これはイケルかな」のワクワク・ウキウキ状態、そして経過報告を怠っていた。いきなりの受注案件をこなすべく社内関係方面には迷惑をかけ、納入業者には緊急休日出勤も含めて大変な厄介をかけてしまった。当然ながら納入価格も「いつもどおり」というわけにもいかず・・・。思い出すたび、胸がしめつけられるというか何というか、言い表しにくい、あの思い出。しかし、この件をきっかけにして、とても素晴らしい先輩とお付き合いさせていただけるようになったのも事実だが。   
   
   
 原子力発電所がああいう状況になり、それへの対応をめぐって電力会社を批判的に見る人が増えているかに見える。   
 しかし、首相とその周辺、政府、そして電力会社の、相互の「報告・連絡・相談」というか、チームワークあるいは二人三脚みたいなものがどう機能していたかについて気になってしまう。   
   
 昨年7月15日付ブログ記事の末尾では、民主党政権になってからおかしくなってしまったものがあるとの感想をごくごく漠然と書いたけれども、あれは、ま、或る業界の、或る一企業に関わる筆者が、「政・官・民のあいだをつなぐパイプや連携スタイルがよろしくない状況になってしまっているのではないか」との思いで書いたものである。   
 こういうことを言い出すと、何を連想してか、やれ「政・官・民の、なれあいの構図」だの「官民ゆ着の構図」だのと指摘する向きもあろうけど、すべてをそう決めつけられても困るかな。物事がスムースに行くことで結果的に世の中が潤うとか、政党や政府が有効かつ適切な政策・施策を立案できるとか、日本経済にプラスになるなどのことがある。   
 この点を疑問に思う人がいたら、勤務する会社において「業界担当」とか「○○庁詰め」などの役割を担っている人に話を聞いてみるのもよいのではないか。もちろん、民主党政権以前とそれ以後との相違について話を聞くことも忘れてはなるまい。   
   
 話を戻して・・・首相サイドと電力会社との連携がうまく行ってなさそうな点については、某新聞は「不信感」なる語を用いた。「不信感」という言葉が状況を的確に言い当てているかどうか分からないが、やはり何かかうまく行っていないのではあろう。新聞でも雑誌でも単行本でもテレビでもよい、誰かがこの「うまく行っていない何か」とその理由をルポルタージュにまとめて欲しいように思う。   
   
   

地震災害お見舞い

   
 このたびの地震により被災された皆様に 心からお見舞い申し上げます。   
   
 また、ブログを通じてこれまで関わりを持たせていただきました皆様におかれましては、どうぞご無事でいらっしゃいますよう 切にお祈り申し上げております。   
   
   
 (当ブログ管理人は無事でおりますが、しばらくのあいだ多忙が予想されますため、次のブログ更新はすこし先になろうかと思います。)   
   

或る曲解


   
 小沢氏問題で党内が揺れる民主党を念頭に、あるいは早期の衆議院解散と総選挙における民主党敗北を期待しつつ、「こんなタイトルでブログ記事を書いてみようかな」と、2つの候補を考えついたのはつい先日のことだった:   
   
  「“割れる民主”より、シャルル・ミュンシュ」   
   
  「“去る民主”より、シャルル・ミュンシュ」   
   
   
 外相だった前原氏は辞任した。閣僚の辞任ドミノや党の自壊は始まるのか。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 大相撲の八百長疑惑問題・・・。   
 スポーツ一般と違って相撲には、歴史的な意味合いのほか、イベントとしての性格のなかに神事的背景ほか独自のものがあると思うが、しかし、いずれにせよ、「相撲には八百長もあるのだよ」と納得して受け入れたがる観客・相撲ファンは少なかろうと想像する。   
   
 相撲とは全然違うが、昔の歌謡曲「王将」では将棋に賭ける勝負師の気概が歌われている。スポーツ一般や相撲についても、人はああいう気概や、また、そういうものに根ざした精進・頑張りなどなどを期待しているのではないか。   
 では、「王将」は、相撲の道に進んだ人たちに対するモラル教育などに役立つかと言えば、そうとも言えそうだし、「ちょっとばかり方向性が違うかな」とも言えそうだ。   
   
 しかし、相撲における八百長を戒め、また、そのような行為の悲しさを歌った曲がある。「あの曲をそのように解する者は、広い日本、若干1名に過ぎない、お前だけだ」との反論があろうことは承知しているが・・・。   
   
 その曲とは、 井 上 陽 水 の「青空、ひとりきり」という歌。その3番の歌詞がそうだ。   
 「仲よしこよし」には怪しいところがあるよね、と歌っているが、まさにそのとおりで、プロ野球のほうで試合前・試合中に相手チームの選手と談笑などするのを規制する動きが出たのは正解と言えるのではないか。相撲においても、部屋を異にする者どうしの接触には何らかの規制などを設けることが、ファンの誤解を避けるためには意味があろう。   
 「夕焼けこやけ」のさみしさについても触れている・・・相撲を見た観客が、「あれれ? いまの勝負はインチキくさいなあ、八百長なんじゃないか」などと思うことあった場合に、夕闇迫るなかを帰路につくときの心情が歌われている。   
 さらに続く・・・。   
 大関昇進への道とて険しいものを、まして横綱になろうとの夢を抱いても、それは一種、はかない夢だったりする。それどころか負越してしまう場所だってあったりする。「今日は八百長で勝たせてもらおうかな」と、誘惑に負けてしまったとする・・・当日の取組もすべて終わって八百長の相手と飲みに出かけたとしよう、居酒屋のテレビではスポーツ・ニュース・・・彼らふたり、自分たちの取組を見ても何の感動も無く、退屈ですらある。   
 八百長という手段で白星を飾ったとしても、そんなもの、誰にも誇れるものではない、クズに過ぎぬのだよ・・・そうして夜空の下で、将来を、先々を不安に思ううちに孤独感も増していく。   
   
 「あの歌詞をそんなふうに解釈するのかよ」との意見はあろうが、しかし、この歌手の歌作りには凝ったところがあるから、すでに1番の歌詞にて示されているメッセージに気づかなくてはいけない(「俺はこのあとで大相撲について歌うからね」というメッセージだ)。   
 1番の歌詞中、「笑える場所」の「場所」というのは、「夏場所」とか「名古屋場所」とかの「場所」である。「笑える」というのは、「ワハハハ」とか「ガハハハ」とかの笑いを意味するのではなく、内容の濃い勝負に感心しながら拍手したり、ファンである力士の活躍に満足したりといった場合に浮かぶ笑みを念頭においた表現なのだ。あるいは、相撲が終わった帰りにちょっと一杯ひっかけていくときの充足感・満足感から来る表情を念頭においた表現であるのかも知れない。   
   
   
 しかし、うーん、やはりこれは曲解というものだろうなあ。   
   

セル伝・・・ではないな、セル伝授の・・・


   
 上の写真のもセル関連と言えるが・・・これは昔、1950年代はじめに発行されたらしい或る冊子。(このブログでは過去に何度か紹介したこともあったが、現在ではその記事を削除してしまっている。)   
   
 当時の著名な音楽家たちが、お気に入り料理/得意料理のレシピを披露したもの。或る財団が音楽教育関係の資金を集める目的で発行したようだ。音楽ファンそのほかに有償頒布したのだろうと想像する(たとえばコンサート会場のロビーに於いてか? 実際の状況は知らない)。   
   
 セルはグラーシュ(グーラッシュ、グヤーシュ)の作り方を紹介している。この件については、カルーショウ著・山崎浩太郎訳「レコードはまっすぐに」のなかに関連する記述がある。  
   

セルに関わりある本のうち・・・



   
 昨年11月のブログ記事で触れたセルの伝記本については、その出来(しゅったい)が待ち遠しいこと勿論であるが、上の写真のうち左のものはセル・ファンによく知られている本(出版は2000年)。ここで語られるクリーヴランド管をめぐる歴史やエピソードは読み手を夢中にさせるものだ。   
 タイトルから想像されるとおり、セルに関しても「クリーヴランド管との関係」で語られている部分が多い。しかし、セル関連の、それ以外のエピソードが含まれていないわけではない・・・例えば・・・あのフラグスタートがいよいよメトロポリタン歌劇場に登場しようとする直前、彼女は当時プラハで活躍していたセルを訪れ、10日間、毎日1時間のレッスンを受けたそうだが、彼女いわく、それこそ些細なミスにもセルはたいそう苛立つので彼女も時には怯えてしまったそうだ。   
 この本は、注記やディスコグラフィ資料などを除いても実質的な本文が500ページ以上にわたるなど大作と言える。しかし、読みやすい英語で書かれている。   
 写真では分かりにくいが、副題のようにして "Second to None" とある。うむ、少なからずシビれるなあ・・・しかし、この感覚は、日本のスパコン開発について「2番手ではダメなんでしょうか?」みたいな発言をした某大臣には分かるまい。   
   
 一方、写真の右のものは・・・これはクリーヴランド管の演奏会のプログラム冊子に掲載された、主として音楽関係のエッセイ、評論そのほかを中心に収録している(セルが執筆したものではない)。セルに関わるエピソードも見受けられはするが、読み手の興味をそそるのは巻末近くに集められた、いわば「セル追悼」的な幾つかの文章であろうか。1970年に来日した折りのセルの体調・コンディションに触れた文章などもある。   
 使われている英語にはちょっと難しい部分も目立つか。セルやクリーヴランド管に関連する文章は多いとは言えず、うーん、それほどおすすめしたい本ではない。   
   

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クラシカルな某

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クラシック音楽好きです。