2010-03

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何気に、オネーギン



   
 「何気ないふうを装って」あるいは「何気ない顔をしながら」という意味で「何気に」とか「何気で」という言葉が使われる・・・こういう使われ方を初めて耳にしてから30年くらい経つが、これはやはり言葉の誤用・乱用だろうか。とすれば、「趣味のブログであっても、分別あるべき中年オヤジがそんな言葉を使ってはいかん。若者などへの影響も考えろ。ネット上に乱れた日本語をバラまくな」と怒られてしまうか・・・ま、ふだんの筆者は「何気に」等の言葉を用いないことにしているが。   
   
 上のはデアゴスティーニから刊行されている「隔週刊 DVDオペラ・コレクション」の第15号。   
 このシリーズは初めて買った。まだ観ていない。感想はいずれ。   
   
 これの次の号は「コジ・ファン・トゥッテ」で3月30日発売(本日):   
   
   http://deagostini.jp/doc/backnumber.php?id=8855&issue=16   
   
   
 しかし、筆者はこれを買う予定にはない。同作品はミラノ・スカラ座のDVDセット中のムーティ指揮のものを持っているし鑑賞もしたので「それで、まあいいか」と感じている。   
 そのDVDセットには例えば下の写真のような作品が含まれているが、詳しくはこちら:   
   
   http://www.hmv.co.jp/product/detail/1346315   
   
   
 収録作品の全部が全部、作品内容的にも、あるいは上演の出来の面からも、誰もが気に入って満足するかどうかなんて分からない、何とも言えない。しかし、仮に5作品くらいに満足を感じるならば、価格水準的にはデアゴスティーニのシリーズの5冊分と同等の「お手頃価格」感があると言えるのではないか(HMVのマルチバイ適用時。しかし、他店でもほぼ同じ価格で販売しているところはある)。   
 ただ、解説書は英語、また、日本語字幕が無いので、そのへんは承知のうえで・・・。   
   
   
 話が行きつ戻りつしてしまうが、デアゴスティーニのほうの4月13日発売ぶんは「タンホイザー」:   
   
   http://deagostini.jp/doc/backnumber.php?id=10410&issue=17   
   
   


セルとアラスカ



   
 セルについての新情報を得るため定期的にチェックしているサイト・WEBページは幾つかあるが、日本の某巨大掲示板におけるセル関係のスレッドもそのひとつである。そこにおいて、セルの生涯最後の正規スタジオ・レコーディング(EMI)となったシューベルト/「ザ・グレイト」およびドヴォルザーク/交響曲第8番のレコーディング地がアラスカであるかのような発言(レス)が見られた。   
   
 しかし、正しくは、いずれも1970年4月下旬、クリーヴランドのセヴァランス・ホールにおいて、とされている。   
 いま、たまたま手許にあるのがEMIの「ザ・グレイト」のCDだが、それにも上の写真のように記載されている・・・ピンボケしてしまっていて申し訳ないが。なお、ここでは「4月」はローマ数字の“IV”で表記されている。   
   
 1969年秋から始まったオーケストラ・シーズンも終わりが近づき・・・。1970年4月23日(木)および25日(土)のコンサートでは「ザ・グレイト」が、また、4月24日(金)にはドヴォルザーク第8番が演奏されたようだ。EMIへのレコーディングがその直後に行われたと考えることは、セルの通常のレコーディング日程を考えても合理的である。諸々の情報からすれば、4月27日(月)から29日(水)にかけての中でレコーディングされたようだ。   
   
 本拠地クリーヴランドにおける最後の演奏会となった5月7日および8日のプログラムではモーツァルト第40番やベートーヴェン「英雄」などが演奏された。   
   
 その後、セルとクリーヴランド管はポートランドでの公演を行い、そして、日本へと向かった。   
 彼らが日本に到着したのは5月13日夜であった。   
 来日公演はセルとブレーズが指揮を分担したが、そのうちセルが振ったのは公演初日の15日(大阪)、16日(大阪)、20日(京都)、21日(名古屋)、22日(東京)、23日(東京)、25日(札幌)、26日(東京)である。   
 すでに病気もかなり進行していたセルにとってこのスケジュールは、特に20日から26日にかけては、きついものがあったかと想像される。   
   
 筆者の知人によれば、時差ボケが体全体にグッと重くのしかかって最悪のピークを迎えるのは旅行地到着1週間目くらいなのだそうだ(そして、それは筆者の体験ともよく一致する)。   
 そこからさらに1週間を経過すると体が「新しい時間」に順応しきるのだと彼は言ったが、同時に、その1週間、つまり最初から数えて2週間を迎えたあたりにまた新たな土地へ移動したり帰国したりすると、「今度の、つまり2番目に経験する時差ボケ」には体が悲鳴をあげがちで、体調不良も大きくなりやすいのだとも・・・。   
 来日して約1週間となる21日夜の名古屋公演において、セルは弱音を吐くことになる。幾度かのカーテンコールに続いてアンコールを1曲演奏してステージを引き上げると、セルはマネジャーに向かって、もう1回ステージ上で礼をしてそこで切り上げたい旨を伝えた。これに対してマネジャーは、まあ聴衆の反応など見つつ決めてはどうかと述べた。そうしてカーテンコールに向かったセル・・・。   
 ステージから戻ったセルはこう言った・・・「おい、わしはもう絶対に続けられない。すっかりヘトヘトになってしまった」。   
 この夜、セルはもう1回ステージに出ていったあとオーケストラとともに退場。   
 これ以後の公演では、アンコールは1曲だけということとなった。   
   
 札幌公演におけるシベリウス第2番の指揮中には、頭を垂れ、胸の右脇を左手でつかみ、指揮棒は辛うじて弱々しく動いているだけという瞬間もあったようだ。   
   
 日本公演を終えると27日に韓国に向かい、その夜にソウル公演。   
   
 29日はアラスカ公演。プログラムには当初はウォルトンの「ヒンデミットの主題による変奏曲」が含まれていたが、しかし、セルはこれをやめてモーツァルト第40番に入れ替えることに決めた。これについて確たる理由は分からない・・・トロンボーン奏者の体調不良を考慮してウォルトン作品を外したのか、それとも自分にとって最後のコンサートになろうことをセルが予感してウォルトンよりはモーツァルトを振りたいと考えたのか、などという関係者の推測意見はある。   
 アラスカへの移動が28日だったのか29日だったのか知らないが、しかし、セルがアメリカ大陸から日本へやって来てからほぼ2週間目となるタイミングでアラスカへ戻ったというか向かったことは、(日付について無視してしまえば)実質的には数時間程度の時差に過ぎないとはいえ、やはり時差ボケの負荷が無かったかどうか気になる・・・それによってさらなる体調悪化があった場合、セルを気弱にさせてしまった可能性も否定できまい。  
 かくて、セルにとっての最後のコンサートのプログラムは、「オベロン」序曲、モーツァルト第40番、ベートーヴェン「英雄」となった。このときアンコール曲が演奏されたかどうか、筆者は知らない。   
   
 こういう経過であったことを考えると、仮にもしアラスカでのレコーディング計画があったとしても、それは中止・キャンセルになったことであろう。   
   
   

「こひ とは どんなものかしら」(しかし、モーツァルトには非ず)



   
 左はニッカのウィスキーのひとつ。   
 右は芋焼酎で「古秘」という銘柄。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 2つの事業所を拠点にしているほか出張も多くなっていることから、単身赴任と呼ぶことは普通しないだろうけども二重生活になっている。   
 するとどういう不都合が生じるか。いっぱいあるが、そのひとつは・・・ホワイト・デーにおける、職場関係の義理チョコのお返しは、例年であれば女房が買って適当なラッピングもしてくれるのだが、しかし今年は、ちょっとばかり連絡不行届なこともあって自分で買う羽目になった。筆者の世代では、こういう買い物をしに店に出向くのはとても気恥ずかしい思いをする。   
 それはともかくとして、チョコ関係ではよく知られたベルギーのブランドの某Gの商品を買い物したのであるが、店員さんに「例によって、シュリンク包装とかはしていないの?」と尋ねると、ニッコリ笑って「はい」との返事。  
 それはもちろん企業・お店の自由だけれど、少なくとも筆者は「うーん、日本の消費者の感覚を考えたとき、これはどうなんだろうか」と思わぬではない。買った本人が自宅で食べる場合は別として、しかし、たとえ気心知れた間柄での手渡しプレゼントであっても、受け取る側が安全・衛生の面で気にしないとは限らぬのではないか。しかし、ケーキ屋さんでケーキを買ってプレゼントするなどの例を考えればシュリンク包装までしなくても別段の抵抗感は生まれないのかなあ・・・よく分からない、何とも断じられない。   
   
 さて、こうして買い物したのはよいけれども、これを今度はラッピングしなくてはならないなと思って「参った」と思った。自分できれいに出来そうもない・・・変てこりんで下手くそなラッピングなどした日には受け取るほうも「何だかなあ」と思ってしまうことだろう。   
 解決策は無いのか?   
 結局、お返しする相手の一人に頼みこんで全部のラッピングをお願いした。   
   
 「こんなことを頼んで、済まんのお。俺、或る意味でサイテー?」   
   
 「はい」   
   
 しかし、ラッピングとか「リボンかけ」とか、ちと出来ないなあ。   
   
 バレンタイン・デーもホワイト・デーも、「消費者は菓子業界などの戦略に乗せられているのだ」として批判的に見る気はまったくない。「いいんじゃないの、こういう習慣があったって」と思う。しかし、今年ばかりは「ちと面倒くさいなあ」と感じた。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 或る街を歩いていて、頭に木の枝が触れた。冬のこの時期、何かの常緑樹だったか。   
 「あ、葉っぱか何かが髪に付いたな」と思って手で払い、しかし、それだけで特に気にすることもなく歩き続けた。  
 しばらくして手と手首に違和感を感じ、見ると「かぶれ」のような具合・・・「これは毛虫に刺されたのではないか」と考えた。   
 ドラッグストア、薬局、コンビニを探して、誰もが知っている某「虫刺され・かゆみ対応薬品」を買おうと思った。一番最初に目に入ったのは、ドラッグストアにしてはちょっと小規模かなと思えるような、でも業態的にはやはりドラッグストアに該当するであろう店であった。   
 しかし・・・。   
 「ただいまの時間、医薬品関係の担当者が不在のため、医薬品類は販売できません」との掲示。   
   
 ああいう薬にどの程度のリスクがあるか知らないが(誤用の場合とか副作用についてとか)、自分の場合、過去に何かトラブルを経験したことはない。「このくらいのものは売ってくれないかなあ」と思ってシャンプーなどの売り場にいた店員さんに声を掛けると、それは出来ないとの返事。あたりを見回しても「いかにも経営者、あるいは店長・責任者」みたいな人物は見当たらないし・・・。   
 無理にお願いして売ってもらっても、パートさんらしきその人が怒られてクビになったりしては可哀想なので仕方なく別の店を探してそこで買い物した。   
   
 医薬品の店頭販売ルールが変更になったけれども、しかし、変更前と現在の状況を比較してどうこう以前に、筆者としては「もっと簡単に買い物できるのがいい」と、やはりそう思う。   
   
 できるだけ自由度の高い販売を認め、その一方、どうしても薬剤師ほかから専門的な情報を得たい消費者はそういう相談をしたうえ、店側は例えばこんなシールを医薬品のパッケージに貼付して販売するなどの制度にできないのだろうか:   
   
 「当商品につきましては、下記の薬剤師がお客様と対面のうえ、お客様または服用・使用予定者に関する健康情報そのほかを伺いつつ必要と思われる情報提供・助言をさせていただきました。 ○○年○○月○○日  ○野○夫」   
   
 こういう一種のお墨付きは、それを望む購入者にとって安心だろう。   
 他方、「自分は薬の使用方法や服用量などをきちんと守るし、添付文書もしっかり読む。いま現在、高血圧の薬だろうが何だろうが何も飲んではいないしなあ・・・」という者にとっては素早く買い物が出来て便利なのに、と思う。     
 もちろん、子供などが菓子と勘違いして薬を買って飲んでしまうことはないかなどの心配は消えないので、医薬品を扱うことになる店に対しては一定の指導など必要であろうが。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 シベリウス作品を格別に愛好するわけではないのに、思い返せばCDをずいぶん買ってしまっている。まだ聴けてないのもある(BISレーベルだったかの商品ほか)。   
 下の写真中、右上にあるのはお馴染みのベルグルンド/ヨーロッパ室内管のCDのひとつで、シンフォニーに関しては「もうこれさえ有ればいいや」みたく思ったものだ(もちろん、セルの来日公演ライヴの第2番であるとか、渡辺暁雄/ヘルシンキ・フィルによるライヴの第4番・第7番であるとかにも大いに魅力を感じている。なお、文字化けの可能性もゼロではないかと考えてここでは「渡辺」という字体にさせていただいた)。   
 ああ、でも・・・。 Tokyo FM レーベルから出ていたCDが安くなっていて、このたび、やはり渡辺氏と都響によるライヴ盤も買ってしまった(写真中のCDジャケットのもの)。   
   


セルの新譜(というか何というか)

   
 過去に他レーベルからリリースされたものと同じ演奏内容であろうが、新たに登場するCDが2点:   
   
  http://www.hmv.co.jp/product/detail/3792285   
   
   
  http://www.hmv.co.jp/product/detail/3792294   
   
   
   
 上のはそれぞれ、次の商品に収録されているものと同じ演奏かと想像する:   
   
  http://www.hmv.co.jp/product/detail/1799382   
   
   
  http://www.hmv.co.jp/product/detail/1401669   
   
   

隠れたるセルの音源

   
 ちょっとこちらのページをご覧いただくと:   
   
  http://www.hbdirect.com/album_detail.php?pid=228105   
   
   
 大昔にセルが関わったレコーディングであるが・・・「こんなに何曲も!」という感じではある。   
 が、しかし・・・。このCD、かつて筆者が得た情報ではセルが指揮を受け持っているのは2曲だけとのことであったから、「敢えて買うほどのものでもないなあ。運よく中古盤ショップで格安なものに巡りあえばそのときにでも」と思っていたものだ・・・そして今も持っていない。改めてネット上でちょっと調べてみたが、確信は持てないながらも、しかし、うーん、上記の演奏者記載には誤りがあるのかなあ、やはりセルが関わっているのは2曲だけのような感じも。  
   
 で、その2曲は、 iTunes のストアにて "pattiera szell" の2語で検索すれば手っ取り早く見つかるしダウンロード購入も可能、とても経済的だ。ただ、曲の魅力の度合いや音質などを勘案すると、これはもう普通のセル・ファン向けというより音源コレクター向けと言えるか。   
   
 このCDは日本のHMVの通販サイトにあるだろうか? ・・・歌手の名前 "pattiera" で検索しても該当するものは見つからない。どうすりゃいいのか? ・・・わざと綴りを間違えて "pettiera" で検索するとね、おや、めでたく見つかるわい(もちろん他のショップで入手することも可能だろうけど)。   
   
   

「エフゲニー・オネーギン」、いや、「夕餉におネギ」?

   
 マンガの「 そ ば も ん 」の第3巻では一番最後のストーリー中に「カレーなんばん」という蕎麦メニューが登場する(「なんばん」の部分を漢字で書くことは筆者に抵抗感が無くもないのでここでは平仮名表記させていただいた)。   
 この「なんばん」はネギを意味する・・・マンガの中でその由来について触れられている。しかし、大阪の「難波」に由来を求める説などもある・・・それはネットでも簡単に調べることが出来る。ここでは、ちょい楽しげなページを:   
   
  http://waga.nikkei.co.jp/play/kiko.aspx?i=MMWAj2000012022009   
   
   
 ページ下のリンク先を辿れば料理における「ネギ使いの達人」になれるか?   
   
 この「食べ物新日本奇行」シリーズは以前にも紹介したことあるが、いろいろ面白い。ちなみに最新記事はこちら:  
   
  http://waga.nikkei.co.jp/play/kiko.aspx?i=MMWAjq000003032010   
   
   
 「カレーなんばん」については、蕎麦そのものの風味をしかと味わいたく思う筆者は長いこと食べていない。でも「鴨なんばん」だったら、これはいい(肉の味の「旬」の問題をおいても、初夏や夏など汗ばむ季節に食したいとまで思わないが)。   
 ところで、「鴨なんば(ん)」は歌にも登場するのだなあ・・・ 植 村 花 菜 という歌手が歌う「 ト イ レ の 神 様 」という曲がとても注目を集めているらしい(某・動画投稿サイトでも聴けるようだ)。   
   

雑記(「ビールの夏」のその前に・・・か)



   
 写真左は焼酎。   
 右のはキリンから発売されている缶入りハイボール飲料。「世界のハイボール」の名の下に「樽熟シェリー&ソーダ」とある。このほかに、白に近い色した缶で「樽熟ウィスキー&ソーダ」というのもある。後者のは筆者の味の好みと違っていたが、前者の、つまりここに写しいれた赤い缶のこれは気に入った。(なお、それぞれ、シェリーやウィスキーのほかにウォッカも含んでいる。)   
   


雑記



   
 上のはマンガ本。   
 この第1巻については以前のブログ記事で触れたこともあったが、どうも第1巻より第2巻・第3巻のほうが面白いかな。それは、ストーリーの仕立て具合がどうのこうのということではなく、紹介・披露される「蕎麦に関わる豆知識」の内容ゆえかも知れない・・・そのテの事柄が、普通の活字本よりも小気味よく語られるところがこのマンガの魅力・持ち味と言えるか。   
   
 しかし、「うむ、蕎麦に関するこのテーマを取り上げるにあたって、こういうストーリー展開を考えるとは」と、ちょっとばかり感心したものもある。それは例えば、第3巻での蕎麦の汁をめぐっての話・・・日本に旅行でやって来たイタリア人(料理人だったが現在は現役引退)が蕎麦を食した折りにその汁について、西洋のトマト・ソースなどに比べて単純すぎると呆れ、批判・放言するところから始まるストーリー。   
   
 ま、ともかく、面白く読ませてもらった。   
   
   
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 新聞その他で報じられたとおり、春節の休暇で日本を訪れた中国人も多い。   
 仕事上で関わりある人も何人かが日本を訪れ、それぞれに買い物をし、食事を楽しみ、日本の幾つかのスポットを観てまわった。買い物関係のお世話・案内は大半を若い人にやってもらったが、夜の飲食などは結構つきあうことになった。「買い物ガイドするよりもそれのほうが実はオイシイ話じゃないか」という見方もあるかも知れないが、しかし、店のチョイスやメニューの内容・量などあれこれ思案しつつ、そして気持ちよく会話も食事も堪能してもらうというのは、大いに心労を伴うものである・・・筆者は、経歴的には「生粋の営業マン・接待ベテラン」というわけではちっともないし尚更だ。   
 加えて、久しぶりに顔を合わすことになる日本人も合流し、深夜に至るカラオケだって何度も・・・どんなに上手な歌声を聞こうともそれは音楽鑑賞の代替になるわけでない、「最近は音楽をゆっくり聴けていないなあ」という思いに照らしつつ最近の生活パターンを振り返ると悲しくもなる。   
   
 中国人旅行客の買い物に対する意欲は旺盛だ。自分のためにも買うし、そして「日本に行ったらあれを買って来て」などと、これがまた山ほどの品目と量を頼まれていたりする。   
 品物によっては店員さんと価格交渉してあげる必要もある。買い物する本人が自他ともに認める「お金持ち」であるならこちらも価格交渉はあっさり簡単に済ませるが、普通程度に「景気よくやってる」くらいの人であればそれなりに真剣に価格交渉してあげたくなる・・・「この値段、あともうちょっと下がらない?」とか「あと一声、その端数の 2,800円をとれない?」などなど。ほかに奥の手の値切り術もあるし、融通のきく顔見知り窓口などもあるが、それについてはここでは省略。   
   
 夜の食事の前に100円ショップにだって寄った。   
 で・・・筆者も何点か買い物したのだが、下のもそのひとつ。これは税込で210円という品。この種のものはPCショップで買ったものが自宅その他に用意してあるが、モバイル用その他にもうひとつくらい余分があってもいいかなと・・・。  
   
 「雷サージ」の意味は説明するまでもない。商品を正しく説明するならば「雷サージ対策機能付きタップ」とか「雷サージ保護機能付きタップ」とか呼ぶべきだろうなあ。「雷サージ付き」とは、これは怖いじゃあないか(笑)。   



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