2008-10

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雑記

   
 日曜の朝はセルのドヴォルザークを楽しんだ。   
 いまさら何も書くまい・・・なのであるが、作品それぞれの演奏における洗練や、あるいは牽引力を発揮する情念の表出の程度は、筆者の好みとなってしまっている。   
   
   
 そのあとは・・・下の写真は筆者のでなく女房のコレクションではあるが「アリー my Love」なるテレビドラマ作品を一緒に観た。(ちなみに、彼女もクラシックを聴くけれども「ヒストリカルもの傾向」はそれほどないし、しいて言えばワルターやシューリヒトに何かしらの「お気に入りポイント」を見出すようではある・・・どうしてそういう指揮者の組み合わせだよ、と思わぬでもないが、セル・ファンであってもフリッチャイやバルビローリを聴くことがあるから同じようなものか・笑)。   
 さて、このドラマは放映当時に2回か3回くらいは観たことあったが、そのときはあまり面白いとは思わなかった・・・「男が観るようなものじゃないなあ」とすら思ったかなあ。しかし、いま最初の「回」から見始めると、面白いというか、ほど良いあんばいでストーリーに吸い込まれるなあ。食らいつくというほどでなし、また、ハラハラさせられるでなしなのだが、しかし、「ふむふむ、ああ、話はこう展開していくわけか」と・・・ふと気がつくと時間がずいぶん経過していた。   
   


雑記



   
 用事が詰まっていて・・・。   
   
   
 上の写真は、ビールの味について書くときのために撮ったものであったが・・・。   
 或るところで久々にベルンハルト(ベルナルト)・パウムガルトナーの名を目にしたが、この人は、セルより10歳年長で1887年の生まれ。エビスビールの歴史にとっても大事な年。   
 ・・・いや、べつに、それだけの話なんだが。    
   
   
 (以下、略)   
   

オッターの・・・



   
 フォン・オッターのCD。   
   
 R.シュトラウスにせよベルクにせよコルンゴルトにせよ、歌もの作品についてこちらが好き勝手に(しかも狭い鑑賞経験を通じて)抱いてきた「マッチする声質」とフォン・オッターのそれとは相違するかなあ。   
 しかし、気持ちよくなれる。   
   
   
 背景に写し入れたのは Dover から出版されているR.シュトラウス歌曲の楽譜集(ピアノ伴奏)であるが、作品の網羅度がいまひとつであるため、ほかの出版社のものもいろいろ欲しくなった/買ってしまったという人は多いのではないか。   
   
   

ルースおばさんのシンフォニー



   
 作曲家バターワースの作品はそんなに面白いのだろうか? ・・・という関心が生まれ、そして気の迷いで買ってみたCD。   
   
 この交響曲第1番では特に自分の好みのツボを刺激されなかった。悪くもないが良くもないという感じ。巷の人気もどうやら他の作品に対してのものが大きいようであるが。   
 しかし、カップリングされている、ルース・ギップスという女流作曲家の交響曲第2番がとても魅力的だった。心と体に無理なく自然によく馴染むし、「ああ、良いものを手にしたな、聴いたな」という感想に至った。   
 健康的サウンド、スムースな歌、独特の魅力を帯びた叙情と情感の交錯・変転・・・この曲に「絶品」あるいは「最高傑作」などという言葉を冠してみようとは思えないものの、しかし、個人的には、ここ最近に知り、そして巡り合った「佳作」のひとつと思え、このさき愛着が増していくであろう予感を覚えた。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
 学校で教わったのでなく、リンボウ先生こと林望氏の著書の中で知ったことなのだけれど、英国の地名の末尾に見られる "...ton" は「・・・の農場」のような意味合いを持つらしい。また "...chester" は「・・・の城市」ということだそうだ。(これは氏の専門分野・研究成果の話というのでなく、エッセイの中で「或る本にこんな説明があるのを目にしたよ」と氏が述べているのであり、この英国地名の件に万一の誤りがあったとしてもそれは氏の責任ではない。)   
   
 林氏はまた、 "...worth" という地名は「・・・家の所有地」の意味あいだとも紹介している。   
 ふーん。それはそれでいいが、人の苗字に "...worth" というのがあるではないか。たとえば詩人ワーズワースがそうであり、そして作曲家バターワースも。   
 とすると、ワーズワース家の持つ土地が、とてつもなく広大だったり、あるいは景勝地だったりしてそれゆえに新たに地名が出来上がってしまうような場合、その地名は「ワーズワースワース」なんて具合にもなりうるのだろうか?   
 いや、そもそもワーズワースという苗字が、実はすでにして「地名」そのままなのだろうか・・・ワード家の所有地たるワーズワース内に住まっていた祖先が苗字を名乗るにあたって「んじゃ、ワーズワースってことで」とか・・・ "Wordsworth" のスペル内にある "s" は所有格を示すものか? あるいは「ファン・ゴッホ」や「ダ・ヴィンチ」などと同様に、この地に暮らしているならば「苗字というか出自を示すにはワーズワースをくっつける」という慣習なり約束があったのだろうか。そういうことを全然知らないのだけど。「ワード」や「バター」という苗字もどうやらちゃんと存在するようであるなあ・・・。   
    
   

雑記

   
 ちょっとばかり多忙・・・。    
   
   
  Puffy (パフィー)が歌った「アジアの純真」。作詞者は井上陽水である。   
 その歌詞に次のような個所がある・・・。   
   
  「北京 ベルリン ダブリン リベリア」   
   
  「美人 アリラン ガムラン ラザニア」   
   
   
 これら2つの言葉グループは、なぜ調子よく聞こえるのか? それは次のような特徴・仕掛けによるであろう。   
 2つの言葉グループに共通するのは、それぞれの1番目、2番目、3番目の言葉は「ん」で終わること、第2番目と第3番目の最後の2つの音が「リン」なり「ラン」なり共通すること、第4番目の言葉の最初の音は、その直前の「リン」「ラン」の「リ」や「ラ」を引きずって一致すること、等である。第4番目の言葉の最後が「い段」の音のあと「あ段」の音で結んでいるのは(例:リベリア)、これもまた一定の効果を持つのではないか、つまり、この組み合わせは音楽のフレージングとのコンビネーションによっては「い段のひきつった唇の形から、あ段への開放的な唇の形への移行」となって、浮揚感へと導きうる。   
    
 上の法則にしたがって、最近は「北京、人民、メラミン、ミルク禍」などと頭の中で歌っている。いや、べつに北京の人たちに限らず、いやいやそれどころか日本そのほかの国にも影響は出たのであるが。   
   
 自分もどこかでメラミンを摂取してしまっているかも知れないなあ。   
   
 メラミンというのは、食堂の食器などで見かけたこともあるあれだろ? テーブルで天板の表面処理に使っているものもあるあれだろ?   
 摂取していたとすれば気持よいものではないなあ・・・。   
   
 女房によれば、見た目が「真っ白いスポンジ」然としているもので汚れ落としに使う掃除用品があるとのことで、それは素材がメラミンなのだそうだ。   
 それならば筆者も家で見たことあるし触ったこともある。「あれは色をつけたら高野豆腐っぽくならないか?」と言ったのは筆者であるが、「じゃ、今度、醤油で煮つけて、卵とじにしてみる?」と悪ノリしたのは女房である。そんなふうにして摂取したらモロに体に悪そうだなあ。   
   
 牛乳にメラミンを入れるのはとんでもないことである。これに類したことは他国ではありえぬのかというと、思い起こせば「ワインへの不凍液混入事件」なんていうのもヨーロッパの某国であった・・・そういう事例をもって「メラミン事件が生まれてしまう国」をかばうつもりは筆者にはないけれども、「いけないこと・危険なことを出来心でやってしまう」というのは、どの国にもどの民族にもありうるのではないか。しかし、やはり問題は、「食の安全」どころではない行為・製造環境・事故などが、あの国には実に多そうだということである。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
 さて、下の写真はジョージ・ロックバーグというアメリカの作曲家の作品のCD。ほかに聴きたいCDがあるのでまだ聴けていないのだけれども。   
 ロックバーグはマネス(マンネス)音楽学校において何人かの先生から作曲指導を受けたが、セルにも教わっている。アメリカへ渡って間もない頃のセルはこの学校で教鞭をとっていたのである。   
   
 このCDは交響曲第1番を収録しているが、交響曲第2番は1959年2月、セル/クリーヴランド管によって初演された。   
   
 ロックバーグにはすでに著書があるが、今後において "Five Lines and Four Spaces: Reflections on My Music and the Performers Who Played It" なる本が出版されるようである。このCDのライナーノートには上記タイトルの本が2008年出版見込みであると書かれている。が、しかし、次のWEBページによれば、タイトルは少し違い、また出版時期は2009年となる模様。新しい書下ろしは含まれずに過去の著述の再編集に過ぎないものなのかどうか予測しがたいのであるが。   
   
   http://en.wikipedia.org/wiki/George_Rochberg   
   
   
 セルについての記述などあるかも知れない。   
   


「つけ麺」と「つけペン」を巡るパラドックス/その3

   
   
 (記事削除)   
   
   

カラオケ、OK?

   
 クラシック畑ではないが、この人もコンスタントに稼ぐなあ(という表現は少しばかり下品なので「手堅いあんばいでヒットを出す」と言いなおすべきか)・・・そのベスト盤:   
   
   http://www.hmv.co.jp/product/detail/2766333   
   
   
 筆者は、今回特別収録の曲を除けば多分すべて持っているから買わないけど。   
   
 この人の曲作りは、どこかワンパターン的な、あるいは予定調和的範囲で進行・終結するものが多いように思う・・・聴感上での感想だけれど。しかし、ウケや聴き手の心地よいものを見出して展開させ、てらいなく差し出すのもまたひとつの才能であろう。アメリカン・ポップスに漬かることで育まれたラインといえるのかも知れない。   
 歌詞における言葉遣いに関して、あと少し(女性らしい)丁寧な言い回しのほうがいいな、などと思うことはある。   
 声質は確実に魅力である。が、しかし、「歌がうまい」かというと、手放しでそのように褒める気にはなれない・・・「ここの歌いまわしはもう少しキレイにキメられる筈のものではないか」、「この曲を他の歌手に提供していれば、もっと上手に歌われることであろう」など感じるときがあるし、何となくだが素人っぽいものを覗かせるところもあるし(逆に、磨かれ作りこまれていないから良い、スレていないから良い、との見方は成立しうる)、音程にも不安定なところがあったり。   
   
 上のURLで見ると3枚組商品とされているが、初回限定としてボーナスディスクが付いた商品もあってその内容はオリジナル・カラオケである(「駅」ほか全10曲)。   
   
   
   
 さて、カラオケとくれば・・・。   
 これまでにも類似のソフト、あるいは音楽関係ソフトへのプラグイン・ソフトは存在したけれども・・・。   
   
   http://pc.nikkeibp.co.jp/article/special/20080930/1008331/?set=ml   
   
   
 ま、ニーズに応じて(笑)   
 言うまでもないが、これは「人間の歌声を察知してその音を消す」というロジックで作られているわけではない。条件が適合するならばピアノ・コンチェルトやヴァイオリン・コンチェルトの独奏楽器を消す、または相当程度まで減衰させるなどのことも可能な筈である。筆者は他のソフトを使っているが、このソフトも良さそうだなあ。   
 もっとも、バックバンド、あるいはバックのオーケストラなどの音も差別なく影響を受けるから、それらがえらく薄っぺらで貧弱なものになってしまうこともある。しかし、楽器演奏もするクラヲタにとっては、マエストロとの共演、いや、すでに故人となったセルやカラヤンやジュリーニとの共演だって出来てしまうという、夢のミラクル・ソフトと言えよう(笑)  フルヴェンほかの人工ステレオ処理したものだとどうなるかなあ、試したことはないが・・・。   
   
   
 そう言えば、やはりこの種の機能を持ったソフトで、ソフト制作者がこっそりスパイウェアを仕込んでいたという事件が過去にあった。ソフト制作者側にはそれなりの言い分もあったようだが、ともかくそのソフトは現在は配布が停止されているはず。   
 PCユーザーが、たとえばウィルスやスパイウェアの含まれたものをインストールしてしまう危険を避けるために、あるいはまた万一にも問題あるソフトをインストールしてしまった場合に報道そのほかを通して少しでも察知しやすくするために、フリーソフトやシェアウェアについてはベクターのような大手というか代表的というか、そういうところに登録されているものを利用したいものだ・・・個人的にはそのように思う。   
 ケースによってはソフト制作者みずからが運営するサイトのほうに最新ヴァージョンや最新ベータ版が置かれていることもある。そうでなくても、そういうサイトにはサポート掲示板や、レジストリを使うソフトであるか否かほか、仕様、既知のトラブル事例についての情報があったりするのでぜひとも立ち寄るべきものと思う。なお、ソフトをどこからダウンロードしようとも、まず、サイト上に表示されているファイル・サイズと自分がダウンロードしたもののファイル・サイズとが一致するかチェックし、そのあとすぐ、ダウンロードしたものについてセキュリティ・ソフトでチェックをかけるべきであろう・・・第三者が悪意をもってサイトに不正ログインして本来のソフトをウィルスソフトに置き換えるようなことだって可能性としてはあるのだ。また、解凍の前後、インストールの前後などステップ進行しながらチェックをかける人もいることだろう。また、そのソフトが、こちらが予期していないのにネットでの接続を試みたりするかどうかについて、監視するなり、セキュリティ・ソフトがそのような挙動をユーザーにしかと通知するような設定にしておくなり、そういうことも考えておきたい。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
 次のはソフトでなく、ハードウェアがらみ、かな。   
   
   http://www.lifehacker.jp/2008/09/wi-fi.html   
   
   
 筆者としては Bluetooth の通信を安定させたい・・・。   
 下のはいま手近にあるのを写真に撮っただけのことであり、「この製品が不安定」という意味ではない。いや、この製品は安定していると感じられる製品。他の製品で不安定を経験している。(本当は「黒色」のものを欲しかったのに、最近はPCがらみでは「黒色」のものの比率がいくぶんか少なくなっていて店頭品切れもありがち?)   
 不安定さについては、「どこで」「どの部屋で」「どういう環境の空間で」とか「どのハードウェア、OSの組み合わせで」とか「セキュリティ設定を厳しくし過ぎて運用している」などの点に原因があるのかも知れないが。   
   


キツネ・・・



   
 以前触れたことある「王様」のアルバムでは、かの "Foxy Lady" という曲タイトルを「狐っぽい女」と訳している(この曲はわりと広く知られていて、TVコマーシャルに使われたこともあるように思う)。あえての訳だろう。しかし、 "foxy" という語は、実のところ幾つもの意味がある。   
   
   
 話は変わるが、上の画像は昨晩聴いたり観たりしたものから・・・。   
 右の、ヤナーチェクの「利口な女狐の物語」については、「どのCD、DVDが良いのだろうか、やはりマッケラス盤がベストなチョイスなのだろうか。迷うな」みたいな疑問をかつて書いたような気がする。   
 「やはり観たい」との思いが昂じたとき、店頭では選択の余地がほとんどなく、ノイマン指揮 Komischen Oper, Berlin のオケほかによる演奏のDVDが安かったこともあり、「ええいっ」と思ってそれを買ってしまった。   
   
 このノイマンのDVDは、うーん、楽しく鑑賞したのであるが、問題はある。   
 制作経緯が分からないのだけど、オペラ・舞台での上演を収録したものでなく、純然たる映像作品であろう。テレビ放映などを予定したものかなあ。映像にはドラマや映画っぽい気味が出てしまう。もちろん、ちゃんと歌を歌って進行し、オペラをやっているけれども。   
 着ぐるみのコスチュームなどしっかりしていて良いなと感じる。惜しいのは映像がモノクロということ・・・狐その他の動物・昆虫・カエル・鳥などの着ぐるみ(およびメイク)で歌手が登場して歌い、体を動かすので、やはりカラーでないと醍醐味が薄れがち。この点、痛いなあ。   
 ドイツ語歌詞にしたもので歌われているが、字幕は一切ない。聞き取りやすいとは思うがドイツ語を勉強していない人は別途あらすじなどの知識を得ておくほうが良いように思う。いや、でも、映像でストーリー展開は分かるかなあ、それと、非常におおざっぱながらも英語ライナーノートにてあらすじは示されている。   
 なお、歌詞のドイツ語化とともに、オリジナルにはない演出上の付加要素もあるようだ。   
   
 音楽は、特に抵抗感なく普通に楽しめる。ただ、これを言い換えると、斬新で刺激的なアピール要素が筆者にはどうも感じられなくて、この作品はやはり映像とともに楽しむのが正解かなと思えた。しかし、その映像というか芝居と言うか、それは魅力的だ。   
   
 これだけの着ぐるみなども用意したうえでの実際の上演となると、どのくらいの頻度で行われうるのか、近い将来に自分が観る機会はあるのか、そのへん何とも分からないのであるが、そういうことを考慮しつつ参考資料・予備知識獲得用としてこのDVDの価値をみると、価格も安かったし満足している。   
   
   

期限は切れても、キレてはならぬ


   
 ここしばらくの間に・・・ (以下、略)   
   


ミッドナイト花いちもんめ

   
 毎年の「4月1日付」に比べると控えめながら、10月1日付の人事異動も恒例なのである。   
 部門間で「トレード交渉」っぽいものにまで発展してしまうと、それをおおっぴらにやるわけにいかないから、空いている応接室か会議室でヒソヒソとか、電話でとか、酒の席でとかいうことになる。   
   
 まるで「花いちもんめ」のようなことにもなる。しかし、体力消耗・・・今週は、早くも疲労。   
 しかし、ようやくすべてが決着した。   
   
 来週になれば、ゆっくり音楽を聴く時間を手にすることが出来るだろう。   
   

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