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セル指揮の「タンホイザー」に関して
筆者はまだ目を通していないのだけれども、「レコ芸」誌の最新号(11月号)の298ページに、セルがメトロポリタン歌劇場で指揮した「タンホイザー」1954年ライヴのCDについての批評が載っているそうだ。
なお、このCDに関してはこのブログでも触れたことがある(もっとも、筆者の場合は例によって「批評」の体を成していないが・笑):
http://szelldocs.blog9.fc2.com/blog-entry-62.html
http://szelldocs.blog9.fc2.com/blog-entry-46.html
(上記2つのブログ記事に寄せられたコメントが「ブログ管理者の承認待ち」状態のものばかりでコメント内容が表示されない理由は、筆者がそれらを コ メ ン ト ス パ ム の類と判断したからである。)
なお、このCDに関してはこのブログでも触れたことがある(もっとも、筆者の場合は例によって「批評」の体を成していないが・笑):
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段違い平行棒・・・いや、勘違い麺工房、そして勘違い色々

久しくマンガを読んでいないのであった。
見ず知らずの男性(推定年齢35歳)が手にしていたマンガ単行本がたまたま目に入り、「買ってみようか」と思った。
読む前に予想したとおり、蕎麦の打ち方・食べ方などをめぐっての「うんちく」も交えてストーリーは進む。基本がおろそかになった、あるいは何かしら勘違いしてしまっている蕎麦職人に対して主人公が指導したり励ましたり・・・。
筆者個人的には「とても面白い」とか「蕎麦を賞味するうえで大いに役立つ」とか、それほどまでは感じなかったが、「ほどほどには面白い」といったところか。
勘違いといえば・・・。
不振が続くデパート業界。不振の原因は何なのか、消費者がデパートに求めているものは何か、などなどを個々のデパートも業界全体も、あるいは経済紙・誌なども、消費者へのアンケート実施もしつつ探り、研究している。
大変なことだなあ。しかし、思うのだ・・・幾つかあるはずの真の理由の、そのうちの或るひとつについては、まだどこも気づいていない、いや、少なくとも指摘していない。筆者はこの業界に無関係であるからデパート関連記事をそうそう念入りに追っているわけではないので「読み漏れ」の記事やリポートがある可能性大だが・・・けれどもしかし、上のようにして実施されているアンケートの設問の例など見ると、「ああ、やはり気づいていないんだなあ、なんて危機意識の乏しい、平和な気分でアンケートをやっているんだろう」と思うばかりである。
デパート業界がまだ気づいていないこととは何か・・・うーん、業界の人が気を悪くしてムッとしないように言葉を選んで書くことはけっこうむずかしく、困難か。書くのは控えておこう。ただ、デパート関係者がそれに気づかない限り、状況は悪化するばかりだろう。
日本の新政権は、何か勘違いしていそうだ。
有権者が、マニフェスト/公約の、どの項目も例外なく賛成したから票を得ることに成功して政権奪取も実現した・・・とでも思っているのだろうか。あるいは、公約したことは全部そのとおりに進めなくてはいけないと思っているのだろうか。
公約違反があれば、国民の一部なり、利害関係ある企業・組織・団体なり、他の政党なりから突かれる可能性はある。しかし、それで即、政権が揺らいだり政治運営がむずかしくなったりするものだろうか。そのへん、よく分からないが、もう少し「現実」、「公約を実現してしまった場合の弊害」など考えつつ、方針を軌道修正することも必要ではないのかなあ。
「子ども手当」について賛成の声は多い。票集めしたいがゆえに「わりと充実した子ども手当」を公約したのだと、そう冷ややかに見る人は多いが、それでも少子化という国難を前にして制度に賛成する向きは多い。
ところがどうだろう、この制度を、所得制限を設けずに実施することについての賛成割合はずいぶん下がる。子育てに無理がないだけの所得を得ている人にまで支給するのか、そのぶんを保育所確保などの予算に回したらどうなのかという意見が出て来る。
筆者には子供はいない。また、筆者の周囲には「もう子供たちも就職した」「もうすぐ子育ても終わりだー」という人がもちろん沢山いる。で、配偶者控除・扶養控除の廃止だとかにも「仕方ない、目をつむろう」と考える。自分たちに関係しない「子ども手当」について、それを妬む気持ちもない(筆者などは「少子化社会」を進めることに加担してしまったという責任もあるのだからなおさらだ)。だけど、所得制限無しでの実施には、制度理念の点から疑問を感じる人が少なくないのも事実である。
こうなると、「子ども手当」という制度「全体」をめぐって、釈然としない気持ちはやがて不公平感・不満へと変容していきかねない。個々の企業あるいは労働組合内部において、妙なアイデアが生まれたり、妙な論議・動きが出て来たりしないとも限らない。
それはつまり、企業ごとの現行の給与制度の中にある「従業員に子供がいる場合の扶養手当」の見直しである。国などから「子ども手当」が支給されている従業員については、その受給額に見合うぶん扶養手当を減額すべきだとの意見も飛び出しかねない。過去にも、「年金を受給している高齢者ならば給料を低くしても働いてもらえる。人件費が安くて済むわい」と考える企業があった。人件費圧縮を考える経営者サイドが今度は年金でなく「子ども手当」に目を向けないとは限らない。
あるいは、従業員への利益配分の感覚的公平さを求める個々の労働組合員の不満のタネにならぬとも限らない。
「子ども手当」は、子供を生み育てよとするメッセージである。ところで、しかし、子供は生んで家庭できちんとしつければそれでOKというものでなく学校教育も当然に大事である。
教員免許の更新制度を廃止し、教職に就こうとする者の教育を充実させようとの方針がある。筆者は、しかし、現状で「問題あり」とされる更新制度について、これを廃止するのでなく、上手に改変・運用しつつ存続させることを模索すべきではないかと、何となくだけどそれが良さそうな気がしてならない。
筆者の場合、小学校時代に教わった先生はどの方も優れていたと思う・・・人格的にも、教え導く技術面などについても。
ところが、中学校になると状況は違った。「この先生は、どうして日によって気分にムラが出るのだろう。しかも相当にヒドイ」「いくら生徒に対してでも、ああいう言い方や態度は問題だなあ」「 天 皇 陛 下 についてあんなことを言ってよいのか?」「授業内容の教え方・説明方法がヘタだなあ。今の説明で理解できたのはこのクラスで10人いるかいないかだろうな」などと感じさせられる先生が何人もいた。特に最後の点は、筆者らが中学生の頃は「学習塾に行かないのがむしろ普通で多数派」であって筆者も塾には行っていなかったから大問題と言えた・・・だから友人の何人かで話し合い、「もしかすると、あの先生の授業科目については、本屋さんで参考書を買ってきて自分たちで勉強しないとマズイのではないか。授業が分からなくなってしまうと、あとで取り返しがつかない」と、意見はひとつにまとまり、誘い合って参考書を買いに出かけたのであった・・・これは本当に正解だった、2学期くらいになると授業内容が理解できていない生徒がぐっと多くなってしまった。何の折りだか別の先生と雑談していてつい「あの先生の教え方はヘタだ」と告げたら、その話を聞いた先生は非常に困った顔をしていた・・・いま考えてみれば、先生どうし職員室で「あなたの教え方には何か問題あるのでは?」などと話し合うことはやはりむずかしいのだろうなあ。
思うのは・・・研修そのほかを通じてもやはり教員不適格の状態にある人には教員をやめてもらう必要があろう。これは「教員いじめ」ではない。一般の民間企業にあっても、「営業マンには向くが事務職には向かない」とかその逆の人とか、さらには「当社にある職種のいずれをやらせてみてもダメ」「素行不良で如何ともしがたい」みたいな人はいたりする。適性などの問題は、厳しいようだが、やはりある・・・配属上の調整が必要になる。教員の場合の問題は、教員不適格と判定された場合に「次の職」をどうしてもらうか、「今後のキャリア・プラン」を自ら描けるかなどの点にあるだろうか・・・このあたりをどう解決すべきなのか筆者にアイデアは無いけれども、しかし、「子供たちが学校で受ける教育をより良いものに」と考えたとき、残念ながらそのまま教壇に立ち続けてもらうことは好ましくないのではないか。
教育の質的向上は言わずもがな重要である。そして、各人が就きたいと考える仕事に相応しい「力」(それは所得に結びつく力でもある)を子供が身につけてもらうことも大事だ。
「生んでくれと頼んだ覚えは無い。“子ども手当”が出ていたから俺を生んだだけだろ。こんな俺に誰がした」と子供が言い出すようなことがあっても困ろうというものだ。
セル来日時の「英雄」を“垣間聴く”?
セル関係のCD−R盤商品の新譜情報が幾つかある。 "World Music Express" レーベル、 RITARDANDO レーベル、 Fachman レーベルからの商品。いずれも取扱店は限られる。
このうち Fachman レーベルから登場予定のものの内容は下記のごとくであるらしい(商品番号 FKM-289 ):
ドヴォルザーク/交響曲第8番
ベルリオーズ/ハンガリー行進曲
リハーサル:ベートーヴェン/「英雄」
リハーサル:モーツァルト/交響曲第40番
興味があって詳細を知りたい向きはネット検索していただくこととして・・・。
2つのリハーサル音声の収録時期について何も情報を得ていないが、しかし、想像するに、それらは1970年来日時のものであろう。
来日時の音声で筆者手持ちのものと同内容かつ、カット個所も無いものならば・・・それは、「英雄」では14分ほどに及ぶもの。そのリハーサルは、まず第1楽章冒頭の第3小節でヴィオラ・パートのメンバーが「Bフラット」の音を僅かにフライング演奏してしまったことに関連して、セルがリズム把握や弓の運び/構えなどを注意指示するのに始まる。曲全体の中から要チェック個所と思った部分をセルがパッパッと選んでリハーサル進行していく。セルの声/言葉をけっこう聞くことが出来る。この曲で14分のリハーサルというのは(素人考えするに)いかにも短いけれども、しかし、(ソニー・レーベルから発売の来日ライヴ盤のライナーノートで触れられていたと思うが)限られた時間枠でのリハーサルとしては致し方なかったろう。ただ、あとで書くことと関わるが、実は来日する少し前、セル/クリーヴランド管は本拠地セヴァランス・ホールにて「英雄」を演奏したばかりであり、また、このコンビにとって馴染んできた曲目であろうし、リハーサルで点検確認する個所を思いきり絞ったことにそれほどの無理は無かったかも知れない。
モーツァルト第40番のほうは、やはりカットなど無ければ12分ほど。このリハーサル音声もそれなりに楽しめるもの。
セル来日時の、コンサート本番での「英雄」の音声や映像が残っているという情報は、これまでのところ無い。
その来日時の演奏内容はどんなであったろうか・・・それを窺い知るうえで参考になると思えるのは、セル/クリーヴランド管が1970年5月上旬にセヴァランス・ホールで演奏したときのライヴ音源。この音源もまた、いずれは日本国内で(しかし取扱店の限られるCD−R盤商品という形で)出回ることがあるのかも知れない。
雑記
あの「1Q84」の第3巻は刊行されるのかどうか:
http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009100501000031.html
ちょっと日をおいてのブログ更新となってしまった。
政治の話題などは避けることにして、やはり無難に「食」の話題にしておこうか・・・こういうイベントがあるらしい:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091001-00000039-oric-ent
記事中に「ブーム」という言葉が見えるが、そうとも言えそうだし、それほどでもないとも言えそうだし・・・。
ところで、上の記事本文の下に関連話題へのリンクがあって、そのひとつに次のようなテーマのものがる。すなわち、酒を飲んだあとの締めくくりで食べたいのはラーメンか茶漬けか・・・そのアンケート調査結果:
http://gourmet.oricon.co.jp/63434/full/
茶漬けも、場合によっては摂取カロリーや塩分について警戒したい場合があろうけど、しかし、おおざっぱに言ってラーメンに比べればヘルシーっぽい印象はある。ただ、ラーメンでも、スープを飲み干さない、脂っぽいチャーシューがのっていたらそれには手をつけないなどすればどうなのか?
だが、茶漬けにはどことなく「年寄りくさい」「古くさい」といったイメージがありそうだなあ・・・だから女性陣には不人気かと思いきや、記事の下方にある性別・年齢別データ/グラフでは女性の「茶漬け支持率」は高い。
上の記事も含めて、およそ統計というもの、アンケート結果というものは、母集団・調査対象・標本がどうであったかには注意を向ける必要がある。
上の記事ではその調査対象が明らかにされている。仮にもしも「うむ、インターネット接続環境の無い人も含めて調査すればその結果は大きく異なるだろう」とか「この調査には50代以上の人たちのチョイス傾向が反映されていないではないか」などなど、何か問題点を感じ、そしてどうしても自分で調査したいと考える人や企業は街頭アンケートを実施するとか電話アンケートをするとかの手段が考えられる。しかし、それでもなお、たとえば「昼さがりに街頭アンケートをしたけれども、完全内勤型の事務系サラリーマンや、お店から離れられないショップ販売員の人たちのチョイス傾向は反映されていないことになる。これは統計として不適切である」とか「電話アンケートはNTTの電話帳に掲載されている固定電話契約者に対して実施したが、これだと現代ではアンケート結果に偏りを生ずる原因になりうるか」みたいな点で問題があると感じるなら、やはり調査し直さなくてはならないことになる。
ちなみに、中年オヤジであるところの筆者は飲んだあと何を食べたいと考えるか・・・そんなこと誰も興味ないだろうけど(笑)、しかし、これについては過去に書いたことがある:
http://szelldocs.blog9.fc2.com/blog-entry-79.html
うむ、気づいたことは、このブログ記事を書いた時期と、上記のラーメン&茶漬けアンケートが実施された時期が非常に近いなあ。しかし、これは偶然のことである(筆者は上のアンケートのことも知らなかったし、アンケート記事が載っている上のサイトを知ったのも今回初めてのことだ)。
さてさて、アンケート結果というか電話調査ということになると、しばらく前の記事だがこれがずっと気に掛かっている:
http://sankei.jp.msn.com/sports/other/090903/oth0909031046014-n1.htm
支持率が 80.9 パーセントだったとな。この数字は、筆者の周囲(それはもちろん、統計的意味合いではごくごく少人数なわけであり、業種・職種・性別・年齢などの点で偏りがあるし、そして、そうだなあ、インドア系の趣味の人が多めかなあ)の状況からすると信じられないほどに高い。明確に不支持の人、それから「あー、うー、どうでもいいやね」的な人がとても多い状況だったのだけど。
電話調査という手法自体に問題が無かったか(平日の昼間に固定電話ユーザーにアンケート調査したりすれば、在宅するのは専業主婦、高齢者、学生などが多いことだろう・・・無論、それで即、アンケート方法が不適切だと断じることが出来るかどうか分からないが)、あるいは、不作為抽出などする段階で何かしらの落ち度が無かったか、アンケート回答を導くうえでの設問の仕方は適切だったか、などなどの疑問を投げかけることはしたくないが、しかし、やはり上の数字は、個人的にはまったくもって信じられないのである。
ま、ともかく、招致のための戦(いくさ)の結末は「敗戦」である。
敗因は「政治的なもの」だと、都知事はコメントした:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091004-00000033-jij-spo
この種の「政治的もの」があるかどうか、その政治力学はどのように生まれてどのように機能するかなど筆者が知るわけもないが(興味すら無い)、しかし、知事たるもの、「戦いに臨む以上は、そういう政治的なものがあるかどうかなど見極めながら、そしてどうすれば勝てるのかを考えて進めなくちゃ、いかんだろ」と思う。戦いに注ぎこんだ金だってハンパなものではないだろうし。
ただ、しかし、筆者はそもそも参戦すらもして欲しくなかった。つまり、オリンピックを東京に招致しなくてよいと思っていたから。国内的に諸々が東京一極集中している状況下にあって(もちろん東京だって総括すれば不況は続いているが)、またもや東京に経済的恩恵をかき集めなくても、他の道府県において(福岡県なら福岡県において)自治体も住民も揃って招致を望むのならばそちらにやってもらえばよいではないかと。どの道府県も名乗りをあげなかったとしても、もちろんそれで東京が名乗りをあげる必要も無かろうと、そう思っていた。
ところで、狭い視点で、東京にて開催されると何がイヤかを考えてみよう。
開催されれば、選手団、報道関係者、観戦に来る国内外の旅行者などで東京は大混雑してしまう。東京に在住したり通勤したりする者にとって移動・食事の点で迷惑をこうむる場面も多々あるだろう。どこかから出張で東京を訪れる人がホテル予約に難儀するなんてことだってあろうし。
オリンピックでは テ ロ 対 策 ・治安対策も重要になろうけど、その関係から交通規制・検問・持ち物検査みたいなことに煩わされたらたまったものではない。競技に臨む選手、また観戦者らは、そりゃ好きでやることだから、何かしらの不便はそちらが背負うべきものである・・・平穏かつスムースに仕事をし日常生活を送りたい人に迷惑が及ぶのは間違っている・・・何かと言えば「選手が競技に集中できるよう万全の対応を」などと言われ、もちろん、スポーツも芸術も文化も大切なことだけれども、日々の仕事に汗する営業マンや経理マンやトラックドライバーや、ありとあらゆる人の普通の経済活動・職業生活だってこれまた神聖なのであり邪魔されてよいわけがない。
巨大すぎるイベントは、常に、一種の「考えもの」な面があるのだ。うむ、冒頭に触れた「つけ麺」の博覧会くらいなどだと、筆者個人的にはちっともちっとも問題ないと思ったりするのだが(笑)
しかし、自治体としての「東京都」にあっては、「オリンピック招致活動大博覧会」を催して欲しいものだ。オリンピック招致活動に関連して支出した経費の明細を自主的に一般公開するとともに、「こういうものに金を使いました」的なことがヴィジュアルに分かるよう実物・写真など展示する・・・いや、会場スペースが必要になればそれでまた余計な金が掛かるだろうから、ネット公開で十分としようか。東京都がそれをやらないなら、おおむねそのようなことを糾弾なり暴露なり出来る場となるような、ネット上の投稿掲示板をどこかの新聞社・出版社などが設けないかなあ。けっこう面白いものになると思うのだけど。(ただ、しかし、そのような掲示板を企画する側は、投稿者がたとえば公務員としての守秘義務に反してしまうことのないように利用上の注意など呼び掛けるのが適当だろう)。
このような記事もまたある:
http://gendai.net/?m=view&c=010&no=22793
ともかく、都知事の責任の取り方には興味が向かう。
新銀行東京をめぐる問題もあるし。(あ、東京以外の方だと「何それ、語順が間違っている? 新東京銀行?」などと疑問に思うかも知れないが、ちゃんと「新銀行東京」という名称の銀行が存在するのだ。)
築地市場移転をめぐる問題もあるし・・・現在の築地市場は銀座にも近いことから、「上から読んでも下から読んでも“築地は じきっ!”」と言われてこのかた500年になるのに(いや、これは大嘘)、うーん、築地市場の移転はもう少し検討を重ねる必要がありそうに見えるがなあ。
・・・おっとっと、政治の話題は控えようと思っていたのに。
雑記

とんと音楽を聴かなくなってしまった(まとまった鑑賞時間をとれない日々が続くうちに「聴く習慣」がどこかへ失せてしまった)。
酒は飲む。このブログも「酒ブログ」にしてしまおうかなあ・・・などと思ったりせぬでもない。(こういうことを書くとあの世のセルが怒ってしまい、しかしその勢いで、来日時の「英雄」の映像が奇跡的にも発見されてDVDで登場したり、あるいはセルのピアノ&指揮によるモーツァルト/ピアノ協奏曲のザルツブルク・ライヴがCDで登場したりするかなあ・・・。)
バルビローリはウィスキーを飲みながらオケの練習に臨んだこともあったというが、それじゃあ、この指揮者がお気に入りだったウィスキーの銘柄は何だったのか? 存命中(活躍中)の当時、シングル・モルト・ウィスキー、ブレンデッド・ウィスキーそれぞれの出回り方(市場流通状況)がどうだったかなど筆者は知らないが、でも、非常にスモーキー&ピーティーだったり、そのほか個性がズーンと前面に出て来るようなウィスキーをこそバルビローリは愛飲していたものと、そのような想像を好き勝手に膨らますのは楽しい。べつにスコッチ・ウィスキーでなくアイリッシュ・ウィスキーを好んだとしてもそれはよいけれども、アメリカで活動したこともあるバルビローリがバーボンやカナディアン・ウィスキーにハマッていたなどという可能性もゼロではない?
アルコール度数の高い酒は世界的にも敬遠されるようになっているなどと言われて久しく、そして日本でも、ウィスキーは今はハイボールでの楽しみ方が盛んにアピールされているけれども、せっかく熟成された酒をぐっと薄めて飲んでばかりいるのは勿体なく思えて仕方ない。いや、ハイボールだろうと、薄ーい水割りだろうと、「これが美味い」と感じればそれは人それぞれの好みだからケチをつけるつもりはないけれども、やはり基本的には、ストレートで、そして、ちょっとだけ水を加えて風味が変化するのを楽しみながら飲むのがいいなあ、と筆者は思う・・・「飲む」と書いたが、香りを吸い込んで確かめながら「ちびちび舐める・すする」という感じ。ウィスキーに水を加えると「モルトが開いて風味が増す」などと説明されることが多いが、それだけでなく、飲み下してからの後味の、その持続時間までもが変化する。酒ごとに、いい按配の加水の程度を見つけだすと、心地よさはさらに増すことになる。
特にウィスキーにいれ込んでいるわけではない人の場合、それを飲むのにはいわゆるウィスキー・グラス/ロック・グラスのようなものを用いていると思うが、しかし、手近にあるワイン・グラスでもよいから香りをじっくり楽しめる形のグラスで味わえばウィスキーの魅力にもっともっと迫ることが出来る。
写真左のは、日本ではカタカナで「クラガンモア」と呼ばれている銘柄。スコッチのシングル・モルト。ハイランド、いや、より正確にはスペイサイドと呼ばれる地域にある蒸留所の産。
一般ウケしやすい、やさしい飲み口と思う。濃い酒に慣れている人ならストレートでもスイスイ飲めてしまうことだろう。しかし、飲み急ぐのでなく、ワインを飲むときにするようなテイスティングを是非とも・・・。もしも不幸にして「ウィスキーは男の酒」とか「ウィスキーなどというものはガサツな人間が飲むものだ、ストレートで飲むなどというのは味覚の発達していない人間のやることだ」、「ウィスキーはろくに香りが無くて重たいだけの酒」などと思っている人がいたら、このウィスキーを経験することは「目からウロコ」みたいなものになろうか。
それほど高価ではない。ただ、メジャーなウィスキーと違って、「大きな酒販店に行けばお目にかかれるだろう」と期待してもそうはいかなかったりする。(バーに行けば飲めようが、ただし、バーによっては特別のカスクで寝かせて作ったものとか何年度産のロットとかいうことでシングル1杯でも安くない場合もあろう・・・ま、どの銘柄のウィスキーでも同様のことはあるが)。
写真右のは、これはもう誰もが知っている「シーバス・リーガル」。スコッチのブレンデッド。これまた誰にとっても飲みやすい。現在は昔に比べてずっとお手頃価格で買える。
この「シーバス・リーガル」に用いられているメインのモルトは「ストラスアイラ」と呼ばれるものだが、これがまたとても魅力的な味わいで、こうして文章を書いていても頭の中にその風味がよみがえってきてしまうほどなのであるが、これについてはまた次回に・・・。
・・・ああ、ウィスキー・ブログへと移行した場合の「ブログ記事の下書き/準備稿」みたいなものになってしまった(笑)

