2017-11

Latest Entries

雑記



   
 或る居酒屋で飲んでいたら、常連の女性客が「しばらく前に不倫問題を報じられてしまった俳優/女優・国会議員らのその後」について話し始め、そして非難した。その口調には「不倫、許すまじ」の思いが色濃く感じられた。しかし・・・うーん、口を尖らせてまで論じなくてはいけないことなのであろうか・・・。   
   
 その話題に周囲も乗っていたのであるが(筆者は会話に不参加・・・事の詳細まではそれほど知っていなかったから「へえ、そうなのかあ」と感心しながら聞いていた)、突然に会話がピタッと止まった。   
   
 なぜ会話が止まったかと言えば、目下のところ不倫カップル状態にあると、その店では誰彼に知られてしまっている男女のうちの、男性の側が店にやって来たからである。   
   
 ・・・というくらいに、不倫というものは世間では特に珍しいものではないというのが筆者の認識である。  
   
 不倫なんぞ、どれほど珍しくないことか・・・その種の事案を知って、当事者の配偶者などでもないのに目くじらを立てるのは圧倒的に女性に多いけれども、男性の場合には「あいつ、よろしくないなあ」と思いこそすれ、「腹を立てる」ケースはさほど無かろう(仮に「妹の旦那が別の女性と」、「仲人をしてあげた夫婦の一方が不倫を」などということがあれば、これは腹を立てるであろうけど)。   
   
 社会全体の圧力で不倫という問題を本気で無くしていこうと企てるならば、マスコミなどもまた「清純アイドルの○○○子、2年前から“不義密通”!」、「○○○郎に貞操感は無いのか!?」くらいの表現で報じないと世の中は変わっていくまい。   
   
 と、ここで歴史上の著名作曲家の不倫事例やそれゆえの業績・作曲成果などなど書いてみたくもあるが、誰もが承知していて面白くないし書くのも面倒であるから差し控える。   
   
   
   
 思い返してみれば・・・。若い頃、よその会社の偉い方が筆者の勤務する会社にときどき寄ることがあった。或る縁があって寄るのが習慣化していたのであったが、いろいろな人に手土産を渡すついでに筆者にもまたひとつ(しかし、サイズも大きい特別のもの)を渡して寄越して「これ、頼むよ」と、ことづかることが度々あった。   
 この方は、奥様の手前、出掛けた途中でこちらの会社に寄る目的はあくまで「あの人この人への形式的な挨拶」なのであったが、しかし筆者に託したのは、いわゆる「二号さん」への土産なのであった。その二号さんのためには「小料理屋さん」ぽいものを持たせて営ませていた。過酷な戦争を経験し、そして生きながらえて日本に戻り、自力で会社を興して成功するに至った人のことゆえ、「そのくらいのこと、良いではないか」というのが当時の筆者の感覚でもあったが、この感覚は今も変わらないかなあ・・・もしかすると、自分には「世の中、そうしたもの」という感覚麻痺が生じてしまっているか。筆者は、当時の部長の黙認のもと、夕刻に職場を出るとその小料理屋さんにちょっとだけ寄り、酒を勧められたからお銚子2本ほどを頂いて(手土産の内容がウナギだったりもしたが、あまり好きでないから食べなかった)再び会社に戻って残業を続けた・・・昭和から平成のはじめにかけてのことである。   
   
 世間から後ろ指を指されるような不倫関係がそこにあったかどうか、それは知らない。しかし、「ちょっとばかり、いいもの・心ときめかせるもの」くらいは存在したに違いなかろう。しかし、その程度のことすらも、「本来はイケナイこと・許されないこと」なのだろうか・・・そのようには、どうしたって思えない。   
   
   
 伝聞ではあるが、同じ頃、筆者の小中学校時代の同級生の男が人妻と関係を持った末に、今で言うところの略奪婚にまで至ったということを知った。(それから30年ほどを経た今、彼ら家族をめぐる状況が大変なことになっているとも噂に聞くが、ま、いろいろあるのだろう。)   
   
 或るスナックにて、「公務員どうしで、よくも不倫関係を続けるよなあ。今夜もホテル行きらしい」などと噂されているカップルもいたりするけれども、公務員かどうかは、この際、関係ないものと思う。学校の先生どうしの不倫が進行している事例もあるのだし、驚かない・・・先生たち本人が不倫関係だと宣言するくらいだから間違いはあるまい・・・女性の側は先生らしく控えめ化粧で、しかし、あまりにも破廉恥なことを披露されると、ま、こちらは中年オヤジであるから鼻血を出すことはないが、ああ、世の中はどうなってしまったのだろうかと嘆かわしく思わぬではない。   
   
 商店経営で景気よくやっている方で、こっそり、支店のアルバイトの女子学生の店員さんなどとお楽しみを続けている例もあるし。(この男性は最近、この女子学生を連れ歩いて、知り合いの誰彼にス○ッピングの誘いをかけるということで、周囲に警戒感が高まっている、60をとうに過ぎて元気なことであるなあ。)   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 先日のこと、化粧品会社の新聞広告で「美肌県グランプリ2017」なるものの結果が載っていた。これはWEBでも紹介されている:   
   
  https://www.pola.co.jp/special/bihadaken/   
   
   
 「わざわざ偏差値まで付けるか(笑)」とは思ったが、それはさておき、他にも思いをめぐらしたことがある。   
   
 以下、まったくの素人考えであるが・・・。   
 肌コンディションというものは、遺伝的・先天的な要素と、後天的な要素との両方によって決まるのではあるまいか。   
 日本の各地・・・とても古い時代に渡来人がやって来てその血をひく人と、さらに比較的に新しい時期になってからもまた新たに渡来人の血をひくことになった人とでは、肌コンディションを決める要素に相違点が生まれるかも知れない。   
 後天的には、食生活のほか、日照・湿度など人が暮らす自然環境も影響しそうな気もする。ほか、いわゆるスキンケアなるものに注意を払っているのかどうか等も・・・か。   
   
 さて、このグランプリの順位を見るにあたって、多くの人が注意を向ける/関心を寄せるのは当然ながら「どの都道府県のどういう特性が肌コンディションにとって良い・悪いのだろうか」という点と、「それをどう自分の生活の見直しのための参考にするか」ということであろう。   
 ただ、関東地方でいえば東京・神奈川・埼玉などのように、またその他の大都市のように、「他の都道府県で生まれ育ったのちに移り住んで来た人が多くいる土地」の順位というものはあまり意味が無いような気もする・・・富山県のように高順位になっている地で育ってから東京に移住した人もいれば、逆に低順位の地から移住した人もいて、そういう混在の結果の順位から何かを学ぼうというのも難しいのではないか・・・。言い換えると、「生まれ育った土地を離れずに暮らし続けている人」の割合が高い地域のデータこそ有意義であろうか。   
   
 順位全体をパパッと見たとき「日本海側と、瀬戸内に暮らす人の成績が良いのかな」と思った。多少の例外は見受けられるが・・・。何となく、以前から想像していたとおりであるなあ。   
   
   
   
 先日のこと、ゴルフをやる友人(男性)が「(秋も深まっての)これからの季節、辛いときがあるんだよ。昔からメンソレータム・リップスティックは必携だったけど、年齢とともにそれだけではダメになってきてね」と言っていたが(同様の言葉は、以前、他の人からも聞いたことがある)、晩秋にもなって東京からわざわざ群馬や埼玉その他へ出向いてまでゴルフをするなどというのは、想像するだけでもちょっと・・・。   
 以前、冬場に埼玉の、比較的北部まで出向くことがあたったが、「ああ、からっ風というのはこういうものか・・・いやいや、群馬県まで足を踏み入れるともっと凄いのだろうか」と、気が滅入ったものだ。   
 で、上の美肌県グランプリにおける群馬県の順位はというと・・・何と47位。冬場の乾燥した空気も小さからず悪影響を及ぼしているに違いないと勝手に想像するのであるが、どんなものであろう。   
 が、しかし・・・会社の、(現地採用された)事務系地域スタッフの面々が集まる会合などで群馬県から参加する女性は、歴代、どの人も普通以上に魅力的であるように映る。そんなにジロジロと肌コンディションだの化粧のあんばいだの観察するような失礼なことはしないけど、ともかく、上の47位という結果には「そうなの?」と、納得がいかない、意外さを感じてしまう。ひょっとして採用担当者がラーメン・うどん好きだったりするのだろうか?   
   
 (↑)「麺食い」ならぬ「面食い」を念頭においてのシャレのつもりである。   
   
 ま、肌コンディションうんぬんは人間の価値・能力・誠実さ等々と関係ないけど。   
   
   
 ・・・・・・・・・・   
   
   
 冒頭の写真は、海老の塩焼き。   
 グリル(ガス・テーブルの)のみで調理する場合、最初はまず、上からの火炎で海老の表面が早々に焦げてしまわないよう、アルミホイルを被せたうえでじっくり気味に加熱し続ける・・・「中心部までそれなりに熱が回ったな」と思えたらそのアルミホイルを剥がす・・・そのあと海老の左右両面を焼いて出来上がりとなったもの。   
 言わずもがなであるが、竹串であれ金属串であれ、調理中・調理直後は熱くなるので注意(串は、トング、水を含ませたふきんなどでつまむ)。   
   
 下の写真は、ブリ(鰤)のカマの照り焼き。ここでも、上と同様にアルミホイルを被せての加熱作業を経ている。   
 カマでなく普通の切身でも言えることではあるが、要介護状態にある年寄り等に食べさせるにあたっては、魚を食べ慣れていない人の場合には骨のある個所を予測できない/舌先の感触で骨を探る習慣を持ち合わせていない等のこともありえようから注意が必要かも知れない。   
   
 ブリでもマグロでも、カマの奥まできちんと加熱するためには「念入り感」が必要・・・マグロのカマについては冷凍のものが売られていることは多いが、買ってきて即日調理する場合には(芯がまだ凍っていることもあるから)特に注意すべきであろう・・・それくらいならば煮付けてしまうほうが失敗しにくいけれども(その場合はアルミホイルで落し蓋を作るなどするとさらによろしかろう)、カマはお店で目にするときには「それほど大きくない」ように見えても家で改めて御対面すると「うっ、デカい!」ということもあるから、あらかじめ家にあるフライパンや鍋の内径を自分の「手のひら」、「親指と人差し指とで作れる長さ」との倍率比較で記憶にとどめておいて購入前チェックするのがよい。   
   


ジョージ・セル関係の新刊書籍



   
 セルやクリーヴランド管に関する本(洋書・英文)としてはこれまで上のようなものが出版されている・・・で、右下のもの( "...Reign" )は先日のこと出版されたばかり。   
 この新刊本、年内はゆっくり読んでいる時間が無いかも知れないが、何か面白い話題・エピソードなど見つけたら紹介していきたいとも考えている。   
   
   
 下の写真のそれぞれのものにも、セルに関わる記述が少しばかり含まれている(左上の "Not Reponsible ..." は特別な出版物であったため、今日となっては、特に日本国内では入手が難しいと思われるが)。   
   


某Sさんのために


   
 家庭での介護作業の一環として食事づくりをするについては、たとえ調理技術・包丁使いなどに自信を持てなくても、そう難しいものではないと考えます。   
   
 下の写真に関して・・・。   
 鮮魚店で既に用意された刺身(写真のは鯛)であれば、皿に移す/取り分けるだけで準備が済んでしまいます。   
 この例ではまた、ベビーホタテ、豆腐、舞茸その他を鍋物的に調理していくところです(野菜がネギや白菜などならばカットして放り込んで一緒に加熱すれば済みますし、春菊やホウレンソウ、ニラなどであれば「おひたし」を作るときのように予めサッと茹でたもの(茹でるとき食塩を加えます)が良いと思います)。   
 ほか、昼間の食事内容など確認・聞き取りしたうえ、「1日トータルで摂取できることとなる栄養・食物繊維・ミネラル・ビタミン」を意識して食事内容の充実・増量を考えるなどで如何でしょうか。   
   


雑記



   
 小学校のとき、或る日の授業で先生は児童らに向かってこう問うた:   
   
 「キュウキュウシャは、漢字でどう書くでしょうか?」   
   
  ア:急救車    イ:救急車   
   
   
 そして、「急いで救ってくれるわけではないんですよ。正解は・・・です、面白いですね(=変ですね)。覚えておきましょう」と言った。   
   
 はて、説明として適切なのか、中途半端ではないかとも思えるわけであるが・・・。   
   
 そして、子供の頃の筆者はこんな光景を思い描いて漢字の順番を記憶することにしたのであった: 「救急車が現場に到着すると先ずは“救う”ための基本的処置をし(止血とか)、それが済んだあとに患者を“急いで”病院へ連れて行くというシーン」・・・これは、救急車のスタッフが実際に行なっていることと、そう大きな違いは無いのではないかと今なお思っているけど。   
   
 のちになってみると、救急とは、「急、すなわち急を要する状況なり、急に生じてしまったマズイ状況なりから救う」ということなのだなと思ったわけであるが、これは「救急」を縦書きしたうえで漢文の返り点を付ければ分かりやすいものの、しかし、小学生に対してはちょっと説明が面倒である・・・それで、先生としては先ほどのように言って覚えこませようとしたのだろう。   
   
   
   
 「絶体絶命」という言葉は、なぜ「絶対」でなく「絶体」と書くのかという説明はおいておくとして、これまた昔々に「間違えないように」と覚えこまされた・・・誰もが同じだろう。で、新聞社・出版社の人たちならば絶体に、いやいや「絶対」に間違うことはないものと思われるのだが・・・。   
   
 冒頭の画像は某経済誌に関わるもの。ネット上に上段のような記載があるのだが、新聞広告でもまた同様のものが見受けられた・・・この新聞広告を目にして「あれれ?」と思った。   
 しかし、同時に下段のような記載もちゃんと見受けられるから、記者・校正担当者らの「(文字遣いの)記憶違い」というよりは「ミス」なのであろう・・・漢字変換するときに「ゼッタイゼツメイ」という単位で変換せずに「ゼッタイ」で区切って変換してしまった等が原因か。   
   
   
   
 ところで、神戸というと・・・古い歌謡曲で「そして神戸」というのを思い出す。歌詞中に「・・・うまい(上手い)嘘のつける・・・」という個所があったなあ。   
   
 これもまた神戸に縁のある問題・・・JA全農兵庫が直営レストランにて「但馬牛フィレ肉」を「神戸牛フィレ肉」であると偽って客に提供していたとのことである。これはミスでなく偽りであったということで:   
   
  https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22621970U7A021C1AC1000/?dg=1   
   
   
   
 いろいろな偽装その他の諸問題について、マスコミにも責任は無いのか?   
 「偽装」とか「虚偽」、「横領」、「会計不正」とか「粉飾決算」・・・これら漢語や堅苦しい語、専門用語、法律用語などだけを使って報じていると、世間一般には「悪いことをしたら、罪を問われるばかりでなく恥ずかしい目にあう」という意識が育ちにくいのではないか。   
   
 で、ここは思い切って、たとえば偽装などを報じる記事見出しにあっては「インチキ表示」などの言葉を使うのもインパクトがあってよろしいのではなかろうか。   
   
 もしも、或る日、日経新聞その他をめくるとこんな記事見出しがあったりしたらどうだろうか:   
   
 「○○食品、“国産原材料100パーセント”は嘘っぱち表記。10年前からデタラメを続ける」   
   
 「○○製作所、従業員に のべ3000時間のタダ働きを強要」   
   
 「○○商事で財務部長がネコババ  被害額は3億円あまり」   
   
 「○○省幹部が袖の下  ガッポリ1億円をポッケに」   
   
 「“秘書が勝手に”と オトボケの○○議員、一転して謝罪会見」   
   
 「ボッタクリ3社について消費者庁が注意喚起」   
   
 「○○産業、前期決算で どんぶり勘定の疑い」   
   
 「○○機械、株式公開に際して受注残をでっち上げした疑い」   
   
 「○○建設ほか、10件以上の公共工事入札でツルんだか」   
   
   
 ・・・なんか、スポーツ新聞っぽいかな(笑)。しかし、諸方面に「やたらなことをしでかすと、こんな具合に報じられちゃうのかあ。いま一度、襟を正し、そしてガバナンスほか、しっかりせねば」と思わせる効果は小さくなかろうに。でも、こんな感じの記事見出しでは「うちの新聞の品格が疑われる」、「ひとたびこのような記事見出しを使って報じたりすれば、今後は当該企業などから広告掲載をしてもらえない」などの懸念も出て来ようし・・・実現はむずかしいかな。   
   

雑記



   
 「ねっ、皆さん、もうこんな政治にはノーを突きつけましょうよっ!」   
   
 ・・・選挙の街頭演説で、まだ30代とおぼしき候補者が訴える。   
   
 上のようなセリフは、そうだなあ、候補者(演説する人物)が40代後半くらいから上であれば特に違和感・抵抗感は無いのであるが、それよりも若い場合には、少なくとも筆者はそこに不快なもの・生意気なものを感じる。   
   
 街を歩く人々、或いは演説に聞き入る人々の中にはこの候補者よりも上の世代も多い。そういう上の世代も含めた人々に訴えかけるに際し、「ねっ」は少し馴れ馴れしくて乱暴で、失礼ではあるまいか。そして最後の「よっ」も印象を悪くするのではないか。   
   
   
 某党の代表が、大阪弁のイントネーションをわりとにじませて話す。これもまた、東日本の人間には少なからず抵抗感を覚えさせるのではあるまいか。   
 東京などの人間の言葉遣い・話し方について大阪の人が「冷淡で、覚めすぎた感じがする。スカしている・インテリぶっている感じがして気に入らない。かしこまりすぎている。よそしよそしい」などと感じるであろうその一方で、大阪・関西などの言葉は東京の人間にとっては「くだけ過ぎて、馴れ馴れしい感じがしてイヤだ」とか、もっと極端な場合には「下心を持って擦り寄って来る感じがして警戒感を抱きたくなる」みたいに感じられる場合もあるように思う。   
 言葉は、話す本人が想像していないような印象を誰彼に与えてしまうことがある・・・本人がせっかく素晴らしい人物であってもだ・・・本人・他者の双方にとって困った問題だ。政治家の演説の場合、「大事なのは政策や主張であって、ルックスも、ヴォキャブラリーやアクセントやイントネーションも関係ない」とする意見にもそれなりの正しさはあるが、しかし、その正論(めいたもの)はなかなか通用しきるものではない。   
   
   
   
   
 昔々の学生時代・・・。大阪出身で東京の大学に入って来たA君は筆者に言った:   
   
 「東京の人って、親子で話すときも標準語なんだね。驚いた」   
   
 ・・・なこと言われたって、標準語しか知らないのだから仕方ないではないか。友人どうしなどで、ときに冗談・遊びっぽく多少のエセ関西弁など使ってみることもありはするが、親子の会話などでそれをする人はいるまい。   
   
   
 やはり関西出身のB君も、こう言ったことがある:   
   
 「東京の人って、ゼミで議論が白熱しても、ずーっと標準語のままだね(=標準語のままで議論を続けるね)」   
   
 ・・・だからぁ、標準語しか知らないんだってば。仮に、まじめな議論が闘わされている最中にわざわざ大阪弁で何か喋ったりすれば「貴様、何をふざけているんだ!」と、ひんしゅくを買うことであろう。しかしながら、たとえば東北出身の人が、或いは四国や九州の出身の人が標準語での対話に難儀やまどろっこしさを感じてついついそれぞれのお国言葉を発したとする・・・すると東京の人間は「ん、今の言葉は・・・ああ、たぶんこういう意味なのだろうな」としばし思いをめぐらすことがあっても、嫌な気持ちを抱きにくい(たとえ、言葉・表現・音の面白さに笑いを浮かべても)・・・そこに朴訥なもの、のんびりしたもの、剛毅なもの等々を感じたりしつつ、でも、不快な性質の感情は出て来ないのだ。この、言葉における「東京VS大阪/関西」の対立の構図が、どのようにして生成されてしまったのかは興味深いテーマである。   
   
 異なる言語圏の言葉、アクセント、イントネーション等は、いろいろと難しい問題を生じうる。   
   
   
 会社に入って何年も経っていない若かった頃・・・何の会話をしていたときであったかな、大阪出身の同期C君に対して「こんな場面では、大阪の人は・・・ってセリフを発するんでしょ?」と尋ねたことがある。   
 C君は「そんな言い方はしない。言うとすれば・・・とかだね」と応じた。   
 しかし、D君が使ったことあるセリフが記憶に残っていたから筆者は「D君がそういう表現を使っていたことあるんだよなあ」と言った。   
 するとC君は「あ、あいつは和歌山県の出身で大学が大阪・・・あいつは大阪弁をマスターしきれていない」と言った。むずかしいもんだなあ、と思った。   
 関西その他の言葉遣いの違いは、自分には判別がむずかしかったりする。   
   
   
 「がぎぐげご(ガギグゲゴ)」の音を、普通のというか硬い濁音で発する場合と、鼻濁音で発する場合と、筆者などは使い分けるけれども、大阪出身の人だと使い分けずに前者の発声パターンのみで押し通すことが見受けられるようだ。   
   
 「ところが、蛾が飛んできて・・・」などと言う場合、「蛾」だけは硬い濁音、それ以外の2つの「が」は鼻濁音とするのが筆者の発声である。しかし、この鼻濁音を大阪の人が聞くと「うっ、スカした感じがして、嫌らしくて、虫唾が走る」とすら感じるケースもあるようだ。しかし、上の言葉の3つの「が」をすべて硬い濁音にて話されると、筆者などは「ちょっと耳が痛くなる感じがする」という場合も・・・で、美しい女性がそういう発声するのを耳にすると、少なからず残念に感じたりもしてしまうのだ・・・本人に悪気は無いのに。   
   
   
 グーグル (Google) 、ガガーリン、ミヒャエル・ギーレン、ゲルギエフ、グレン・グールドなどにあるガギグゲゴは、筆者の場合、すべて硬い濁音で発音する。   
   
 ワルター(ヴァルター)・ギーゼキング、ジョン・オグドン、キング牧師などについては、ギーゼキングのギは硬い濁音であるが、ほか、いずれのグの音も鼻濁音。   
   
 「フーガの技法」、「前奏曲とフーガ」のガは硬い濁音。   
   
 「風雅を感じさせる画法」・・・風雅の「雅」は鼻濁音、「画法」の「画」は硬い濁音。   
   
 「テンペラ画」の「画」は硬い濁音、「抽象画」の「画」は鼻濁音。   
   
 「画廊」の「画」は硬い濁音、「城代家老(じょうだいがろう)」の「が」の音は鼻濁音・・・「城代家老なんて言葉、あんた、日常で使っているの?」という質問はナシということで願いたい。   
   
 「弦楽器」・・・弦のゲは硬い濁音、楽器のガは鼻濁音。   
   
 「ガット弦」・・・ガもゲも硬い濁音。   
   
 「ギンギラギンにさりげなく」・・・「げ」のみが鼻濁音。   
   
 ・・・かな、自分の場合は。しかし、それが正解なのかどうか。   
   
   
 「このハゲ! 違うだろ!」と言うとする。「ハゲ」という語のゲは、普通であれば鼻濁音であるが、しかし、仮に、罵るために大声でこのようなセリフを口にするとなれば硬い濁音になってしまうだろう。「違うだろ」の「が」の音も同様。同じ言葉であっても、鼻濁音だったりそうでなかったりということがありうる。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 NHKの「ねほりん ぱほりん」のあの音楽を、ようやくちゃんと歌える(口ずさめる)ようになった。別の、民放での或る天気予報で昔から聞き馴染んでいた音楽が頭に焼きついているため、歌おうにも混乱しやすくて仕方なかったのだ。   
    
 それとは別の意味で、NHKの、オンデマンド・サービスを紹介するときに流れる音楽も歌いにくい・覚えにくいと感じていたのだが、これもようやく歌えるようになった。   
   
 これもまた別の意味で、「ネスカフェ・アンバサダー」という、メロディ付きのごく短いフレーズも、きちんとCMのとおりに口ずさめるようになるのに少々の時間を要したっけ。   
   
   
 ・・・ま、何の得にもならぬけど。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 冒頭の写真はカブ(蕪)。包丁が小さいわけではなく、カブが大きいのだ。ひとつは煮て、もうひとつは浅漬けに。   
   
 下のは早摘みの洋梨・・・ではなくて、ハヤトウリと呼ばれる瓜。浅漬けに。   
   
 漬物好きオヤジの、ちょっとした息抜き遊び。   
   



或る謝罪会見(要旨)


   
 昨日、オーディオ製品専業の新興ベンチャー企業○○社は謝罪記者会見を開き、○○○○社長が挨拶した。要旨は以下のとおり。  
   
   
 当社製造のポータブル・スピーカー・システムの一部製品シリーズにつきまして、性能・スペック表示に虚偽・偽装がありますことが判明しました。ここに深くお詫び申し上げます。   
 カタログその他にて周波数特性を60ヘルツから20,000ヘルツと表記しておりましたが、実際には60ヘルツから19,000ヘルツであり、性能を実際よりも優れているかのように表示しておりました。   
 このたびの衆議院議員選挙の選挙活動中の候補者のひとりから、「演説にあたって、マイクを通して拡声させている自分の声がおかしく聞こえる。自分の声はもっと美声のはずである。このスピーカー・システムのせいで選挙に落ちたら一体どうしてくれるのか」とのご意見をたまわり、当社にて精査しましたところ、先ほど申しあげましたような虚偽表示があることを発見いたした次第であります。   
   
 次に、当社製造の車載用アナログ・レコード・プレーヤーにつきましてもまた、性能・スペックに虚偽・偽装がありました。   
 カタログその他にて、当社の自動車走行テスト・コースにおける走行中の最大ワウ・フラッターを0.3パーセントと表記しておりましたが、実際には0.4パーセント程度でありました。   
   
 以上に関しまして、消費者・ユーザー・取扱店ほか関係者の皆様に多大なご迷惑をお掛けしましたことを、心よりお詫び申し上げます。  
   
 製品の安全性には何ら問題ないものと考えますが、このたびの事態につきまして深く反省いたしております。   
   
 かくなるうえは、わたくし、責任をとって社長の職を辞するとともに、切腹をもってお詫びするしかないとの結論に達しました。これまでのご愛顧につきまして、心より御礼申し上げます。   
   
   
 ・・・以上、架空の記者会見であった。   
   

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。